本栖城(本栖の城山)
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 城郭の概要
所在地:南都留郡富士河口湖町本栖
別 名 :本栖の城山
築 城 : −
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :堀切,堅堀,石積み,烽火台
城 域 :200m×20m
     標高 1056m
     比高 120m

 現地への案内
交通機関は車を利用
 国道139号線、上九一色中学の北、約500m

 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
本栖城の下、国道139号線脇に2台ほどのスペースあり。
若しくは、上九一色中学前の道路


【訪 城】
2003年8月,2007年8月
【撮 影】2003年8月,2007年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

本栖城の烽火台
烽火台

 現地の状況
 本栖湖の東、中道往還(別名を左右口路ともいう)を眼下に治める標高1056mの城山に築かれている。
 現地には案内板で紹介もされており判りやすい。岩山を登ること約10分ほどで尾根に出て、更に5分ほど尾根を西に歩くと小曲輪群と小振りな4つの堀切を経て、主曲輪に至る。

 主曲輪は40m×10mほどの広さで、南面と北面に石積みが見られる。曲輪の広さから見ても、多くの軍勢が籠もることは不可能で、中道往還の見張り台として機能していたことが推察される。
 主曲輪の西側には烽火台を備えた曲輪があり、この烽火台曲輪の背後(西側)には城中最大の堀切がある。堀切を越えると非常に険しい岩場に細い路が続く、おそらくは烏帽子岳に続いているのあろう。

 中道往還は甲府から左右口を経て、本栖湖の東を通り、人穴〜富士大宮〜由比に至る街道で、概ね現在の国道358号線〜国道139号線〜県道75号線〜国道469号線〜国道52号線を経由するルートである。
堀切
主曲輪背後の堀切

 城郭の歴史
 天文,永禄年間(1532〜1570)頃の武田氏関係の文書に「本栖在城」とみられ、武田氏による領国支配が確立し始める頃から国境警備のために築かれたものと考えられている。

 甲斐と駿河国境の境目の城として、九一色衆によって守備され、天文14年から19年までの今川氏と北条氏との戦いに際し、武田信玄は今川氏への援軍を送る際に本栖城を中継して出兵したとされる。
主曲輪から見る青木ヶ原樹海
主曲輪から見る青木ヶ原樹海




観 光
富岳風穴
富士河口湖町西湖青木ヶ原
大人 280円

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 青木ケ原樹海の豊かな緑に囲まれた富岳風穴


鳴沢氷穴
富士河口湖町西湖青木ヶ原
大人 280円
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 富岳風穴とならび富士山麓の代表的な溶岩洞窟の一つ


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