勝山城
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 城郭の概要
所在地:甲府市上曽根町字勝山
別 名 : −
築 城 : −
初城主:油川彦八郎信恵
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,堀
城 域 :300m×300m
     比高 50m

 現地への案内
交通機関は車を利用
 中央自動尾車道甲府南ICの北東、約1km

 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
 上曽根地区の空地を利用
【訪 城】2004年8月
【撮 影】2004年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

PCトラブルのため写真はありません


 現地の状況
 勝山城は笛吹川の氾濫域にある小山一帯に築かれ、背後を笛吹川に守られ、西には甲斐の府中と駿河・富士を結ぶ中道街道(国道358号線)を押さえる要衝位置にある。

 勝山城は果樹園の真ん中にぽつんとある饅頭型の比高40〜50mの小山を利用して築かれ、山の形状からは谷戸城を小さくしたような印象である。山の周囲には空掘を巡らせていたとされるが、現在では畑地や果樹園に姿を変えてしまっている。
登り口は南側にあり、5分ほどで山頂付近の曲輪に出る。この間、果樹園内に東斜面に高さ0.5m程の土塁が見られる。
 曲輪は山の地形を利用して造られているため、曲輪形状や広さはまちまちで、規則性はみられず、中世城郭としての色あいの濃い平山城である。
 城の中核をなす、山頂の曲輪の大部分を竹林が密集しており状況は掴めない。 北側斜面の切岸は城郭遺構をよく止めている。


 城郭の歴史
 勝山城は、永正年間(1504〜21)に武田五郎信縄の異母弟油川彦八郎信恵・同四郎縄美が勝山城に拠ったというのが始めとし、明応年間から永正5年(1508)までの間に、度々勝山城を巡って戦いが行われている。

 天正10年、天正壬午の乱の折り、家忠日記には「11月7日勝山取出普請」とあり、甲斐国誌にも「上曽根村勝山ノ旧塁ヲ修シ、服部半蔵ニ伊賀組ヲ添エヘテ守ラシム」とある。






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お勧め度






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