勝山城
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 城郭の概要
所在地:都留市川棚
別 名 : −
築 城 :文禄3年(1593)
初城主:浅野左衛門佐氏重
区 分 :山城
遺 構 :石垣,堀切,横堀
城 域 : −
     標高 571m
     比高 100mほどか


 現地への案内
交通機関は車を利用
国道139号線から富士急行都留市谷村町(やむらまち)駅南から桂川を越えて・・・・
詳細位置はコチラ


 駐車場
路上駐車、南側遊歩道近くは不明

【訪 城】2001年10月
【撮 影】2001年10月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


二の丸と本丸の切岸

 現地の状況
 勝山城は標高571mの通称城山と称される山頂付近に築かれ、東側を流れる桂川は蛇行して城山の山裾を洗い、北〜東〜南側の三方を桂川に守られるような地形の上、東側は崖状の急斜面をなす要害地形を利用している。

 富士急行の谷村町駅で登城口を聞くと、山の西側から遊歩道があるとのことで、西側に回り込み、遊歩道を探すも草深く、遊歩道が見つからない。あきらめて藪漕ぎをしながら斜面を直登する。途中、大沢見張り台とされる辺りには石積みが見られる、茶壺蔵の一部か。
 5分ほども登ると、規模の大きな堀切に出る。堀切を超えると本丸下に出るが、この切岸が高さは10mを超え、その斜度たるや中途半端ではない。勿論迂回すれば、簡単に登れます。(^^)

 山頂の本丸に出ると、本丸内や二の丸内には木々が少なく、南側斜面の切岸の状態などがよく分かる上、眺望も非常に良く、西側斜面とは大違い。(^^;
 南側斜面から延びる遊歩道もしっかりついていました。ということで、登られる際には南斜面からの遊歩道を利用されることをお勧めします。勿論西側斜面から登って、この勝山城の堅固ぶりを実感されるのも面白いと思います。なお、山頂の本丸には、東昭権現が祀られています。


 城郭の歴史
 勝山城は文禄3年(1593)に浅野左衛門佐氏重によって築城されたと「甲斐国誌」に記されている。当時、甲斐国には江戸の徳川家康に対する備えとして、豊臣秀吉の一族浅野長政が配されていたが、浅野左衛門佐氏重は浅野長政の家老として、甲府城の前城となる勝山城を築城し、郡内地域の守りに当たったという。
 この勝山城は居館である谷村城の要害城(非常の場合に立て篭もる城)としての役割を担っていたといわれ、勝山城と谷村城とは桂川を挟んで内橋で連絡されていた。
本城には秋元氏の在城時に宇治から江戸に運ばれる将軍家御用の御茶壺を保管する茶壺蔵が置かれていた。その場所は本丸の北側を下った大沢見張り台付近と推定されている。
 宝永元年(1740)郡内谷村藩主秋元氏が武州(現在の埼玉県)川越に転封した後、勝山城は廃城となり、郡内は天領として谷村代官の支配下に置かれた。
 勝山城は近年郡内領主小山田越中守信有が中津森の館が焼け、居館を谷村に移した時に築城されたのではないかと考えられるようになった。小山田氏滅亡以後、城の城主はめまぐるしく替わった。
−現地案内板より−



観光
 市内には、江戸を離れた松尾芭蕉が、谷村(都留市)で過ごした時に詠んだ句が句碑として建立されており、松尾芭蕉句碑めぐりが楽しめる。
 詳細は都留市観光協会



レジャー
 都留市内には幾つものキャンプ場があり、オートキャンプも楽しめる。
 詳細は、都留市内キャンプ場紹介

日帰り温泉
 芭蕉月待ちの湯(都留市戸沢874)
TEL 0554-46-1126
大人:700円 
子供:400円

山梨県公共の湯



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