勝沼館
HOME山梨県の城郭
 城郭の概要
所在地:甲州市勝沼町字上野
     (旧東山梨郡勝沼町)

別 名 : −
築 城 :文禄3年(1593)
初城主:勝沼次郎五郎信友
区 分 :館城
遺 構 :土塁,堀,建物跡等
城 域 : −
     比高 636m
     比高 250m

国指定史跡

 現地への案内
交通機関は車を利用
国道20号線柏尾の交差点から県道38号線に入り、勝沼の信号を約200m南
詳細位置はコチラ

 駐車場
 専用駐車場を利用

【訪 城】2001年10月
【撮 影】2001年10月

評価項目 見所評価
選地 ☆☆
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ☆☆
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

勝沼氏館の遠景
勝沼館の遠景

 現地の状況
 勝沼館は日川の右岸、河岸段丘状にあり、対岸を甲州街道、館の西を鎌倉往還が通り、甲府盆地から相模、あるいは武藏に通じる甲州街道が、大菩薩嶺と黒岳を中心とする山々によって隘路となる要衝の地に築かれている。こうした点からも武田氏が親族衆の勝沼氏を重用してきたことがよく分かる。
 昭和48年県立ワインセンターが勝沼館跡に建設されることになり、急きょ発掘調査がなされた結果、礎石,排水溝,水溜等の跡が検出され、全面保存されることに至った。県立ワインセンターは現在、勝沼館の東隣りに建てられている。
 広々とした丘陵地にあり、開発の波が押し寄せていないことが大きな要因であろうが、館跡は非常に状態良く整備・保存されている。中世城館保存の手本として他府県の関係者は見習って欲しいものだ。



 城郭の歴史
  勝沼氏は武田信虎の同母弟、次郎五郎信友によって興された武田親族衆の一員であり、信虎が戦国大名として台頭しようと過酷な戦いに明け暮れていた時期に、最も信頼していた家臣でもあります。そのため郡内小山田氏の目付として武相口の護りとして適地である勝沼の地に館を構えたものと思われます。天文4年信友が戦死し、その名称を継いだ嫡子信元も信玄の親族衆として、また家臣として常に重要な軍事力の一端をになってきましたが永禄3年に逆心の企みが露見し、信玄によって処断されたと云われています。
勝沼氏館の空掘
館周囲を取り巻く堀の一部

 この主郭は勝沼氏館跡の中心に相当する郭で、二重堀と二重の土塁で囲まれた敷地に建物跡,門跡,水堀,側溝,土塀など多くの遺構が検出され、当時の館内部の生活を知る上で大変貴重なものです。整備は16世紀初頭の様子を、建物は一夜通路順路,水溜,側溝の復元によって再現しようとしたものです。
−現地案内板より−



観光
 ワインセンター,ワイン資料館など、ブドウの名産地だけにワインに関する施設が多い。
町営ぶどうの丘では食事やワインの試飲が出来る。

 町内には近藤勇古戦場跡もある。




<PR>ワインの知識






HOME山梨県の城郭

近江の城郭 近江の城郭に戻る