岩殿城
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 城郭の概要
所在地:大月市振岡町岩殿
別 名 : −
築 城 : −
初城主:小山田氏
区 分 :山城
遺 構 :堀切,土橋,井戸
城 域 : −
     比高 636m
     比高 250m

国指定史跡

 現地への案内
交通機関は車を利用
大月駅から北西へ約1km、岩殿公園
詳細位置はコチラ

 駐車場
 岩殿公園入口の空地を利用

【訪 城】2001年10月
【撮 影】2001年10月

評価項目 見所評価
選地 ★★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


JR大月駅から見る岩殿山

 現地の状況
 JR中央本線大月駅北側に大きく岩肌を露出した異様な山が見える、この山が岩殿山である。この岩殿山は四方が断崖となった独立峰で、南に桂川、東に葛野川を配した要害地形に築かれ、甲陽軍艦では久能山城(静岡県),岩櫃城(群馬県)などと共に武田の三大名城とされる。いずれの城も、険しい山の山頂に城が築かれ、当時の名城と云うのはが、こうした峻険な山に築かれた城をであったことが伺える。
眼下を流れる桂川


 個人的には山の険しさに頼らず、地形を利用した縄張りと普請をもって堅固な城としたものを名城と呼ぶべきではないかと思うのだが、「籠もるに易く、攻めるに難し城」という意味では名城と云うべきか。(^^)

 この岩殿城は甲斐と武蔵国境近くにあり、小山田信茂の居城で相模,武藏方面の備えとして中心的な役割を果たしていた。この城が一躍名前を知られるようになるのが、天正10年武田勝頼が築城間もない新府城を捨て、逃れようとした時で、武田滅亡寸前というのは、いかにも皮肉である。

 ここで、その時新府城で開かれた軍議の様子を甲陽軍艦から引用しておく。
------------------------ 以下、甲陽軍艦の引用
然れば、御曹子太郎信勝、其年十六歳なれども、かしこくましまして、仰らるるは、「勝頼公此新府中を取立給ふ事、甲州一国の内に、能き城のなき事信玄公御無分別にて、堀一重の屋敷構へ御座候とて、日本にはばかり、唐国まで御覧ゆゆしき大将の、法性院信玄公を、非に御覧せられ、勝頼公をはじめ奉り、長坂長閑、跡部大炊の介、秋山摂津守、典厩、各信玄公の是ばかり、御あやまりなどなど御譏り成られて此城取立、反造作と有て、ここを捨て給ひ、古府中へ御帰りある事、弓矢取ての悪名なり。
−中略−
と信勝公仰せら候へ共、勝頼公を始め申、いづれも挨拶も仕らず候所へ、真田安房守、吾妻へ御籠城なさるる様にと申越候。長閑分別に、真田は一徳斎より、三代召仕る大将也。只御譜代の小山田兵衛申すそ、甲州郡内の岩殿御籠城、然るべきと、長坂長閑諫申にまかせ、勝頼公新府を御立あり、古府中へ引き入れ給ふ。路地にて長坂長閑を御小人衆鑓を以て、たたき候はんと申、子細は日来己れに切符を、おさへられたるとて如件」
------------------------ココマデ
 岩殿城は険しいながらも登ってしまうと山頂付近はなだらかで、馬場と呼ばれる曲輪、その東には蔵屋敷、更に三の丸、二の丸と続き、最高部に本丸は位置している。本丸は東西約50m、南北約10mほどであろうか。本丸の直下には亀ヶ池,馬洗池と呼ばれる池があり、現在も水が湧き出ている。

 城郭の歴史
 岩殿城は急峻にして険しい断崖を巡らし、攻めにくく守りやすい戦国時代の難攻不落を誇る名城であった。

 そのうえ、南方の桂川下流には相模、武蔵、西方の桂川上流には谷村、吉田、駿河。北方の葛野川上流には秩父などの山並みを一望におさめ、かつ烽火台網の拠点とし、近くの国々の情報を即座に収集出来る重要な場所に築かれている。現在この城跡には一番高く展望の利くところに本丸、その下に二の丸、三の丸、さらに蔵屋敷、兵舎、番所、物見台、馬場、揚木戸などの建物跡のほかに、空壕、緯度、帯曲輪、烽火台、馬場跡がある。

 また、断崖の下にある七権現、新宮などの大洞窟が兵舎や出丸として用いられ、兜岩から稚児落としへのルートは落城の道とされている。
これら多数の遺構は戦国時代の城郭史を研究する上で貴重なものである。
−現地案内板より−



観光
 桂川にかかる、推古帝時代の612年に造られたという古い橋で、日本三奇橋の一つとされる猿橋。(山梨県大月市猿橋町猿橋)


武田勝頼
 戦国武将としての優れた資質を持ちながら、偉大な父・信玄の築いた武田家の勢力を失墜させ、ついに天目山に散った武田勝頼の悲劇を描く。




甲陽軍艦
 信玄亡き後、武田軍を率いる嫡子勝頼は、長篠の合戦で敗北を喫し甲州田野に追い詰められ、ついに滅ぼされる。懐古の念とともに、死後も武田一族に多大な影響を及ぼした信玄を描く。





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