甲斐福士城山
HOME山梨県の城郭
 城郭の概要
所在地:南巨摩郡南部町福士
(旧南巨摩郡富沢町
別 名 :福士の城山
築 城 : −
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :堀切
城域 :100m×30mm
      標高 158m
      比高 約40m

 現地への案内
交通機関は車を利用
 国道52号線(富士川街道)富栄橋の信号から福士川に沿って西へ約1.5km

 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
空地を利用

【訪 城】
2007年8月
【撮 影】2007年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

琴平神社の建つ曲輪
琴平神社の建つ曲輪

 現地の状況
 福士城山は富士川の支流である福士川に沿って約1.5kmほど遡った最恩寺の背後の山林にあって、富士街道(国道52号線)からは奥まった位置にある。
 地形的には福士川が馬蹄形に蛇行し、三方を囲まれた川で囲まれた比高40mほどの山である。

 最恩寺の南から山に入り、尾根を登るとすぐに堀切に出る。頂上付近は2段の曲輪からなり、最高所の主曲輪には琴平神社が祀られている。

 福士城山が富士街道(国道52号線)から奥まった位置にあるのは、旧富士街道が福士から万沢の犬巻峠をとおるルートをとっていたためではないか。

南西約4kmには富士川沿いの烽火台とされる白鳥山城、また富士川対岸には井手の烽火台(井手城山城)が位置し、富士川街道の監視、あるいは烽火台として機能していたことが推察される。

堀切
堀切

 城郭の歴史
 福士城山は烽火台ともいわれているが、詳細は不明。
なお、 麓の最恩寺は長久年間後期の開基とされ天台宗であったが、甲斐武田氏の帰依を受け臨済寺に転宗したとされる。
 境内の仏殿は応永2年(1395)武田氏の寄進によるもので、中国宋時代の仏殿建築の手法が使われている。また、本堂の屋根には金色の武田菱が輝いている。
武田氏が寄進したとされる仏殿
武田氏が寄進したとされる仏殿

HOME山梨県の城郭


近江の城郭