周防 岩国城
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 城郭の概要
所在地:岩国市横山
別 名 :横山城
築 城 :慶長9年(1604)
初城主:吉川広家
区 分 :山城
遺 構 :石垣,天守台,堀,復元天守
 現地への案内
交通機関は車を利用
詳細位置はコチラ 
 駐車場
錦川河川敷の駐車場を利用

【訪 城】2008年8月
【撮 影】2008年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



岩国城復元天守閣
岩国城天守閣(復元)

 現地の状況
  岩国城は、木造のアーチ橋で日本三名橋として知られる錦帯橋の北、横山の山頂に築かれており、錦帯橋のから見上げると岩国城を遠望することができる。
 このシチュエーションは天守を復元する際に、錦帯橋から見えるように天守台の位置を南にずらして演出されたものである。

 横山山頂の岩国城までは、錦帯橋から10分ほど歩いたロープウェー乗り場から楽々登城。ロープウェーを下車して整備された道を5分ほど歩くと天守に着く。

 天守閣は昭和37年に復興されたもので、外観は望楼型の桃山南蛮様式の造りである。天守の北には、平成7年に積み直しされた本来の石垣天守台がある。
 山上からは錦川に掛かる錦帯橋や瀬戸内海が見渡せ、眺望は抜群である。なお、ロープウェー乗り場に隣接している堀に囲まれた土塁造りの一画が陣屋である。当時は櫓を3基あげていたとされ、そのひとつである錦雲閣が残る。

 錦帯橋の横、錦川の河川敷を利用して造られた吉香公園の入口には、錦川のほとりで“燕返し”をあみ出したとされる佐々木小次郎の銅像が建てられている。また、公園内には岩国藩家老の香川氏の長屋門が現存する。

錦帯橋から遠望する岩国城
錦帯橋から遠望する岩国城

 城郭の歴史
 慶長5年関ヶ原の合戦後、毛利氏は防長二国に減封され、長門国・萩に移り萩城を居城とした。
 主家毛利家の転封に伴い、月山富田城から岩国へと移った吉川広家は、慶長8年(1603)から築城を開始し、5年後に四重六階の天守を備えた岩国城を完成させた。

 元和元年(1615)一国一城令が発布された。一国とは一大名の領国を意味し、吉川氏は7万石の大名であったが、自国が毛利領国内であるとの判断から岩国城を破却し、横山の麓に土居構えの陣屋を居城とした。この陣屋は明治維新まで存続した。


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天守閣からみる錦川
天守からみる錦川


陣屋に残る錦雲閣
陣屋に残る錦雲閣


香川家長屋門
香川家長屋門(県指定文化財)


城内の石垣と土塀
城内の石垣と土塀


天守台
本来の天守台


岩国城天守閣
岩国城天守閣



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