滝堺城
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【城郭の概要】
所在地:榛原郡相良町片浜
別 名 : −
築 城 :元亀2年(1571)
初城主:武田信玄
区 分 :山城
遺 構 :土塁,空堀
面 積 :400m×100m
     標高 70m

     比高 60m

町指定史跡




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馬出し状曲輪前面の横堀

 国道150号線、相良町片浜の若宮八幡宮横から登る。
・駐車:城址入り口にかろうじて1台駐車可
・撮影:2001年8月

遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)








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【現地の状況】
 滝堺城は元亀二年(1571)武田信玄が、馬場美濃守に命じて築いた城で、牧ノ原台地の東南に突き出た所で、海を見下ろす高さ約70mの丘の上にある。
 東・南・西の三方は急な崖で、北側には空堀、城の廻りには土塁が巡らせてあり、勝頼が高天神城を攻めた時、この城はたいそう役に立ったといいますが、天正10年(1582)には落城した。  
相良町教育委員会 現地案内板より

 若宮八幡宮横の林道から北曲輪まで車で上がれるが、道は非常に狭く、Uターンも難。運転に自身のない人は徒歩にて。徒歩なら若宮八幡宮から約15分程度。
 広大な主曲輪及び北曲輪は全て茶畑となっており少々がっかりさせられる。しかし城の周囲は絶壁で、高天神城に勝るとも劣らない地形を選んだ武田信玄の慧眼はさすがと感心させられる。最大の見所は横堀を前後に配した馬出し状曲輪。形状からは直線枡形であるともいえる。

【城郭の歴史】
 元亀2年(1571)、大井川を越えて遠江に侵攻した武田信玄は、大井川を背にして牧ノ原台地の支尾根の東端に小山城(吉田町)を築き、高天神城の攻略の橋頭堡とする。さらに海沿いに南下し馬場美濃守氏勝に命じ、当城を築城。
 その後、天正2年(1574)勝頼は父・信玄の遺志を継いで高天神城を攻略するが、その時滝堺城は武田軍の有力な後方基地の役割を果した。
 高天神城を落とした武田軍は天正4年(1576)に高天神城支援のために、同じ相良町に相良城を築城する。
 天正9年(1981)高天神城を攻略した徳川軍は、同10年にこの滝堺城を奪取するが、家康が駿河・遠江の二州を制圧したのちは、その役目を終え、廃城となる。

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