遠江 諏訪原城

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【城郭の概要】
所在地:榛原郡金谷町菊川字城山
別 名 :牧野城,牧野原城,扇城
築 城 :永禄12年(1569)
初城主:武田信玄
区 分 :台城
遺 構 :空堀,土塁,井戸
面 積 :450m×420m
     標高 218m
     比高 148m
国指定史跡

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1号堀
1号堀

・国道1線小夜の中山交差点から県道381号線に入り、諏訪神社へ

・JR東海道本線金谷駅より約2km、徒歩20分
詳細位置はコチラ 

【駐車場】
・駐車:専用駐車場を利用

・撮影:2003年10月
・訪城:2000年8月,2001年9月,
     2003年10月


遺構の保存状態 ★★★
遺構確認し易さ ★★★
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★★

の数の多い方が良い(または、激しい)
【現地の状況】
 
牧ノ原台地の北東に築かれ、大井川を渡った武田軍が遠江攻略に際し、小山城(吉田町)と共に拠点とした城である。位置的には金谷〜日坂の東海道を押さえ、地形的には牧ノ原台地から南方の小笠郡,榛原郡を睨み、遠江侵攻においては絶好の条件を備えている。

「遠州を制せんとせば、まず高天神を制すべし、高天神を制せずして、遠州を制すること能わず」と云われた小笠郡の高天神城までは距離にして約30km。

 諏訪神社から入ると、いきなりでっかい空堀が出迎えてくれる。縦横に配した空堀は圧倒的なスケールで迫ってくる。
 また、武田氏特有の丸馬出しを多用した縄張りは武田系城郭としてだけでなく、中世城郭の代表格の城である。

【見所・2004年11月追記】
 武田軍と徳川軍の諏訪原城の攻防を実感するなら、諏訪原城の南西約1.5kmに位置する火剣山砦を併せて廻られることをお勧めする。
 火剣山砦は徳川家康が諏訪原城を攻略するために築いた付城で、火剣山砦から見る牧之原台地は手に取るような近さで、その臨場感には鳥肌が立つ。
諏訪原城の縄張り
諏訪原城の縄張り

【城郭の歴史】
 諏訪原城の創築は、永禄12年(1569)武田信玄が金谷台地に諏訪原など五砦を構えたのが最初とされ、武田氏の守護神である諏訪明神を城内の一角に祭ったことから、諏訪原城と呼ばれる。史料には城の変遷を示した牧野(原)城,金谷城,扇城という呼称が見られる。


 元亀元年(1570)正月、信玄は花沢城、徳之一色城(田中城)、小川城といった今川方の西駿河諸城を攻め、2 月に花沢城,徳之一色城を開城させた。元亀3年になり諏訪原城と小山城の構築に着手した。
 天正元年(1574)武田勝頼は家臣の馬場美濃守氏勝を築城奉行として、遠州攻略の拠点として改築させ、武田氏はここを遠江の東の拠点として攻略を開始する。
 天正3年(1576)長篠設楽原の戦いで武田軍が織田・徳川連合軍に敗れた後からは、徳川軍による諏訪原城への攻勢が開始され、天正3年に諏訪原城は落城した。



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丸馬出に接続する土橋
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搦手口を見下ろす曲輪
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本丸馬出曲輪
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