駿河 持舟城(別名 用宗城)
HOME静岡県の城郭 > 駿河の城郭
【城郭の概要】
所在地:静岡市駿河区用宗城山町
別 名 :用宗城
築 城 :天文年間(1532〜55)
初城主:一宮元実
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堀切,竪堀,井戸
面 積 :250m×100m
     標高 78m
     比高 70m




.

一の曲輪と二の曲輪間の堀切
一の曲輪と二の曲輪間の堀切
交通機関
・交通
国道150線用宗東の信号を北入る大雲寺へ

JR用宗駅から徒歩10分
詳細位置はコチラ 


・駐車:大雲寺駐車場に約20台
・撮影:2000年12月,2008年3月
メモ
遺構の保存状態 ★★☆
遺構確認し易さ ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
の数の多い方が良い(または、激しい)

【現地の状況】
 持舟城は、JR用宗駅裏の城山の山頂に築かれている。JR線路に面した浅間神社横の城山観音道を登り、山腹途中にある階段状の山道を登りきると廃寺となった観音堂の境内に出る。ここが持舟城の一の曲輪である。
 近年、一の曲輪周囲の雑木が取り払われ、遺構が非常に見やすくなっている。

 広い一の曲輪跡の南西には堀切を設け、北から東にかけては一の曲輪を取り囲む形で曲輪が3段に配置されている。(3段までは確認するが、その先は矢竹のブッシュがひどくて入れない)

 一の曲輪から堀切を挟んで南西には二の曲輪を配し、さらに南西には2段の曲輪を設けている。遺構もしっかり残っておりお勧めの一城である。

 持舟城は水軍の城として機能していたとされ、現在のJR用宗駅構内は武田氏時代、水軍の船溜まりといわれ、今も用宗港からの水路が町中に残っている。


【城郭の歴史】
 永禄11年12月以後武田氏に属し、駿河先方衆の三浦兵部義鏡が在番した。

 天正7年(1579)徳川家康は遠江から西駿河海岸部を東進し、持舟城を攻撃、翌年武田勝頼はこの城を改修し、朝比奈駿河守氏秀をおいたが、再び徳川軍の攻撃を受け落城。

持舟城から望む駿河湾
持舟城から望む駿河湾

持舟城をもっと紹介

一の曲輪下の帯曲輪
一の曲輪下の帯曲輪

帯曲輪に付随する武者走り
帯曲輪に付随する武者走り
HOME静岡県の城郭駿河の城郭

近江の城郭