三方原の古戦場を訪ねる
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千人塚

 千人塚は三方原学園の校内にあり、明治35年に旧陸軍参謀本部から出版された「三方原の戦い」では、戦いは小豆餅周辺とされ、千人塚は三方原の戦いで戦死した兵士達の首塚であるとされていました。
 昭和**年に千人塚が発掘調査されたが、首塚ではなく古墳だという結論が出され、以後千人塚は三方原の戦いとは無縁であると結論づけされています。

  三方原台地の北端には7kmにわたって160あまりの古墳群があったとされ、現在三方原学園内には7つの古墳が保存されています。


三方原学園の正門前の千人塚の標識



墳丘の上に建てられた千人塚の石碑



千人塚とされる五号墳

【現地案内板より】
 この墳丘は、西遠地域最大の円墳で古墳時代中期(約1500年前)に天竜川平野部に勢力を張っていた地方豪族の墳墓と考えられます。(三方原合戦にちなんだ千人塚伝説には学問的な根拠はありません)

 周囲に壕をめぐらせ基底幅49m,高さ72mの古墳全面に葺石を貼り、墳丘中腹に平坦部を設け、そこに土止めを兼ねた埴輪を配した二段築城の大円墳です。墳頂部には二つの埋葬主体があり、中央部には盗掘のため破壊されていましたが、南側の方には短甲、刀剣、鉄鍬などが副葬されていました。また墳丘北側に幅12m、長さ9m、高さ0.7mの方形壇上の「造り出し」が敷設されており、ここからも刀剣や鉄鍬などの武器類と若干の農工具類と祭祀的な石製斧頭が発見されました。これらの出土品は浜松市資料館等(浜松市博物館)に保管されています。


【所在地】 浜松市三方原町
詳細はコチラ mapfan

【訪問日】 2003年10月,2006年8月

【現地を訪れて】
 お城を訪ねてあちらこちらと出かけると、お城の跡地に学校が建てられているケースがよくあります。しかし、児童殺傷事件以来、学校の前には必ずある「関係者以外立ち入り禁止」の立て札が、私にとっては、悪いことをしているわけでもないのにプレッシャーになるのです。(^^:

 三方原学園の事務所で、千人塚を見せて欲しい旨を伝えると、快く応じて頂き、千人塚の場所を教えて頂くと共に三方原古墳の資料まで頂きました。

 千人塚の北側は比高差30〜40mの急傾斜地で、周囲に壕をめぐらせ、城郭があったといわれても頷くような地形になっていました。
墳丘自体、三方原の戦いと関連づけできるようなものなどあるはずもなく、古墳めぐりをしにいったようなものでした。(^^)



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観 光
浜松市博物館
 原始から近代までの資料が展示されているほか、浜松城の絵図なども見ることが出来ます。
浜松市蜆塚四丁目22-1
入場料 大人300円


 新浜松市誕生一周年に合わせ「はままつの城と静岡県の戦国〜織豊期の城」と題して、2006年7月〜9月にかけて浜松の城が紹介されました。
 この展示にあわせたガイドブック「はままつ城めぐり」が博物館受付で販売されています。
頒価は300円です。遠方の方は、郵送料切手180円と共に申し込めば入手できます。

問合せは
浜松市博物館
〒432−8018 浜松市蜆塚四丁目22-1
TEL 053-456-2208
E-Mail:hamahaku@city.hamamatsu.shizuoka.jp