三方原古戦場の碑
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古戦場の碑は戦いが三方原台地の北端で行われたことを支持


 三方原の古戦場の碑は、浜松城の西を走る国道257号線(旧金指街道)を約7kmほど北上した三方原霊園の駐車場の片隅に建てられています。
しかし、この碑には、「戦いが展開されたのは、この三方原台地であるが、その場所は定かではない」と記されています。
 この碑が全く関係のない場所に建てられた訳ではなく、ここから約1km北にある祝田坂を意識して、建てられていることは間違いありません。つまり、この碑は戦いが三方原台地の北端で行われたことを支持して建てられているのです。

 三方原の戦いが行われたのは祝田坂付近とする、三方原台地北端説が通説となっていますが、疑問点がないわけではありません。
詳細については、「三方原の戦いはどこで行われたか」 を参照ください。



古戦場の碑による三方原の戦いの紹介

 元亀3年(1572)12月22日、徳川家康は武田信玄の上洛を阻止せんと、武田軍およそ2万5千の兵力に対し、徳川軍はおよそ1万1千の兵力をもって戦いを挑み、戦闘約2時間といわれるも、結果は大敗に終わった。
 これが三方原合戦である。戦いが展開されたのは、この三方原台地であるが、その場所は定かではない。我々は、この三方原の一角にこの碑を建て、その歴史の場を永く後生に伝えようとするものである。
昭和59年7月吉日 三方原歴史文化保存会有志


三方原古戦場の碑


【所在地】 浜松市三方原町
詳細はコチラ mapfan

【訪問日】 2003年10月,2006年8月

【現地を訪れて】
 碑は三方原台地の北部に建てられているとはいえ、祝田坂や根洗松とは離れた場所に建てられているのには、多少違和感を感じました。
 碑を建てるための用地の確保などもあったでしょうが、戦いが三方原台地の北端で行われたということについて、三方原歴史文化保存会の中でも意見が割れたのではないかと勝手に想像してしまいました。(^^)





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