山田館
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【城郭の概要】
所在地:上高井郡高山村中山字馬場
別 名 : −
築 城 :鎌倉時代
初城主:山田四郎國政か
区 分 :館
遺 構 :土塁
城 域 : −


真法寺境内から見た枡形城
真法寺境内から見た枡形城

【現地への案内】
県道66号線中山地区、八幡神社を目当て
詳細はコチラ 

【駐車場路上駐車
【訪 城】2004年5月
【撮 影】2004年5月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 枡形城(別名山田城)の麓、真法寺の境内にあったとされる。境内裏には高さ2mほどの土塁が観られるが、果たして当時のものかどうか、若干の疑問は残る。
真法寺一帯は、馬場という字名であり、稲沢集落には「古屋敷」,「千石」などの字名が残ることから、山田氏の居館は稲沢集落であるとも云われている。

【城郭の歴史】
 現在の真法寺を中心とした東西50間(約91m)南北40余間(約72m)の地である。古文書によれば鎌倉時代、山田四郎國政の枡形城とともに築いた館跡であろう。後、ここに原氏が移り住んで三代、原兵庫頭は天正6年3月山城が焼却したので奥州に下るとある。
萬松山真法寺は、この寺の所伝によると初め山田四郎國政の子、能登守坪井に建立し、後原氏により当居館後に移転を許されたものである。
現地案内板より



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