殿島城
HOME長野県の城郭
【城郭の概要】
所在地:伊那市東春近中殿島
別 名 : −
築 城 : −
初城主:殿島大和守重国
区 分 :平城
遺 構 :横堀,土塁
城 域 :450m×250m
     標高 −
     比高 −


城址公園の入口と前面の空堀
城址公園の入口と前面の空堀

【現地への案内】
国道153号線の沢渡信号を西、県道209号線を約1km、殿島城址公園
詳細位置はコチラ 

【駐車場城址公園前空地に駐車
【訪 城】2002年8月
【撮 影】2002年8月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 春日城の南東約4kmにあり、天竜川東岸の河岸段丘上の要害地形に、100m×150m程の主曲輪を配置し、西側背後は河岸段丘斜面、北〜東〜南を二重,三重の空堀を巡らしている。これら遺構は宅地の中にありながらも非常に状態よく保存されている。

 訪城した時は縄張り図を持っておらず、後で調べてみると元々の縄張りは、主曲輪南に二の曲輪、城址公園入口の宅地が三の曲輪とされ、これら外周にも空堀が巡らされていたが既に消失しているとのことである。宅地の中に空堀の痕跡等が残っているかもしれない。

【城郭の歴史】
 殿島城は春日城(春日公園)の支城で中世の城跡です。春日城の伊那部大和守重慶の次子新左衛門は分家して殿島大和守重国を名乗り、ここに居城しましたが、武田信玄に謀反し、狐島区の連台場で兄の春日城主伊那部左衛門尉重親と共に殺されました(重親には異説あり)、以後武田の城となりましたが、武田の滅亡と共にこの城も滅びました。
現地説明板より


HOME長野県の城郭

近江の城郭