大倉崎館
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【城郭の概要】
所在地:飯山市常磐
別 名 :上野館
築 城 :戦国時代
初城主:竹内源内?
区 分 :館
遺 構 :土塁,空堀
城 域 :104m×42m
     標高 396m
     比高 125m


土塁と堀
土塁と堀

【現地への案内】
 国道177号線常磐地区、千曲川に懸けられた常磐大橋西詰め
詳細位置はコチラ 

【駐車場道路脇空地に3〜4台
【訪 城】2003年9月
【撮 影】2003年9月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 中世城館は概ね山懐に造られるものと思っていただけに、背後(東)に千曲川の断崖を配したこの館には少々異様な感じを受けた。(^^)
国道177号線が城館の中央部を貫通して館を南北に分断する形で走っており、土地も広い長野県のこと、もう少し何とかならなかったものかと惜しまれる。
下草なども刈られた北側の遺構は堀も若干浅くなっているが、南側の遺構はきれいに残っている。

【城郭の歴史】
  上野の館跡は大倉崎館跡とも呼ばれる中世(鎌倉〜室町時代)の豪族が居住した館跡です。千曲川に接した要害の地に築城し、中世の争乱期における地方豪族の居城としては典型的な様相を示しています。館は東を千曲川の断崖に接し、北・西・南を幅10m、深さ5m以上の壮大な堀で囲んでいます。堀の長さは北辺が34m、西辺が104m、南辺が42mあります。
縄張り図

 昭和63年(1988)年、常磐大橋が館の中央に建設されることから発掘調査が行われました。その結果、中国から輸入された白磁,青磁,能登半島で焼かれた珠州焼き,越前屋期,美濃・瀬戸焼き等の焼き物の他、中国銭,鎧の一部の小札,釘などの鉄製品,茶臼,硯など貴重な品が多く発見されました。
 これらのことから14〜15世紀頃、当地には有力な豪族(武将)が居城していたと思われます。館主については竹内源内という言い伝えがありますが、今のところははっきりしたことは分かっていません。
なお、現在は南北に二つに分断されていますが、土塁や堀などは現在でもよく残っており、当時の面影を今に伝えています。
飯山市教育委員会   現地案内板より

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