麻績城
HOME長野県の城郭
【城郭の概要】
所在地:東筑摩郡麻績村麻績
別 名 : −
築 城 :戦国時代
初城主:服部氏
区 分 :山城
遺 構 :堀切,土塁
城 域 : −
     標高 940mm
     比高 290m
     北山地区からは標高150mほどか
県指定史跡


一の曲輪
一の曲輪

【現地への案内】
国道403号線本町の信号から県道12号線に入り西進、亀屋交差点を北進約1.5km、看板あり
詳細位置はコチラ

【駐車場路上駐車
【訪 城】2002年9月
【撮 影】2002年9月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 麻績村の公民館あたりから登れるようであるが、時間短縮のため搦手である山の西側、西沢川沿いの北山地区から登る。鬱蒼とした林の中を15分ほど登ると峠に出る、峠から尾根を南に約10分ほど登ると山頂の一の曲輪に着く。
 この間、尾根幅は非常に狭く、屏風を思わせる山形で、一の曲輪手前の斜面は急峻で両手を使ってよじ登ることになる。一の曲輪は山頂の尾根幅が10mほどあるところに、かろうじて造られたという感じで広さは10m×20mほどである。
一の曲輪からは、信濃の城に共通している大パノラマを堪能することが出来る。
縄張り図

【城郭の歴史】
麻績城一の曲輪からの眺望
麻績城からの眺望

 戦国時代麻績の地を支配したのは服部氏で古屋敷に居館を構えた。天文22年(1553)甲斐の武田信玄が仮屋原城,虚空蔵山城を破って筑摩北部地方に侵入し、青柳城の青柳氏を従えて服部氏を追い払い、麻績城には青柳氏が移ったが、武田,織田氏が滅亡した天正10年(1582)以後、この地は上杉景勝、小笠原貞慶の争奪の地となり、最終的には小笠原氏の支配地となった。


HOME長野県の城郭

近江の城郭