信濃 松岡本城(松岡城)
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 城郭の概要
所在地:下伊那郡高森町下市田
別 名 :松岡城
築 城 :室町時代か
初城主:松岡氏
区 分 :平山城
遺 構 :横堀,堅堀,土橋
城域 :700m×200m
      標高 560m
      比高 10m
 現地への案内
交通機関は車を利用
県道15号線、下市田地区から案内板に沿って松源禅寺へ

詳細位置はコチラ 

 駐車場
松源禅寺横の駐車場を利用

【訪 城】2008年5月
【撮 影】2008年5月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



主曲輪東斜面の竪堀群
五の曲輪前面の5号堀

 現地の状況
 松岡本城は木曽川の右岸にあって、木曽山脈の丘陵地が木曽川河岸段丘に落ち込む地形の先端に築かれ、南北は深い浸食谷、東の背後は崖状地形を控え、西の遠州街道に向いて大手を開いている。

 主曲輪は東側の崖状地形を背後の守りとし、西に向かって5つの曲輪を連郭式に連ね、それぞれの曲輪間は横堀,土橋で繋ぎ、春日城赤須城福与城などと共に、この地方の丘陵地に築かれた丘城で多く見られる縄張りである。

 県道15号線(広域農道)から松岡本城への案内板に沿って進むと、道の左右にでっかい5号堀がいきなり出現する。この5号堀は、いわば外堀である。
 堀を越えると、そこは五の曲輪で、曲輪の一角に松源禅寺が建てられ、一部は畑地となっているが、やたらと広い。
 五の曲輪から四の曲輪を経て三の曲輪、二の曲輪、東端の一の曲輪へと続くが、どの曲輪も平坦で広く、最も狭い主曲輪でも80m×80mほどもあり、まるで運動場である。

 主曲輪からは木曽川に沿って広がる河岸段丘を一望に見通せる。また南側の谷を挟んだ丘陵地にある松岡南城が位置しており、松岡本城とは指呼の距離である。

 この松岡本城は、それぞれの曲輪の広さもさることながら、南北の深い浸食谷を利用して築かれている点が特筆される。

一の曲輪と城址碑
一の曲輪と城址碑

 城郭の歴史
 松岡本城は南北朝期に築かれ、約200年間松岡氏の居城であったとされるが、詳しい資料はなく詳細は不明である。
 天文23年(1554)武田晴信の伊那谷攻略により松岡氏も武田氏に帰属したと考えられる。「甲陽軍艦」によれば、50騎をもって伊那衆として飯富三郎兵衛の配下に属することになったとされる。

 また松岡本城の五の曲輪の前面(西側)には三日月堀があったという伝承もある。


二の堀
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