信濃 松本城
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 城郭の概要
所在地:松本市丸の内
別 名 :深志城,鷲湖城
築 城 :文禄・慶長年間(1592〜1615)
初城主:石川数正
区 分 :平城
遺 構 :天守閣,月見櫓,乾小天守,石垣,掘
城 域 :600m×600m
国指定史跡,市指定史跡,国宝(天守)

 現地への案内

国道143号線、松本市役所西隣
JR中央本線、松本駅下車、徒歩15分

詳細位置はコチラ 

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ホテル アルモニービアン

1室利用時 6,500円/人〜

ハミルトン イン 松本

1室利用時 4,830円/人〜
 駐車場
市営駐車場を利用

【訪 城】2008年10月
【撮 影】2008年10月
評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

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松本城天守と内堀
松本城天守と内堀

 現地の状況
 国宝に指定されている松本城天守閣は、大天守と渡櫓、乾小天守、辰巳附櫓、および月見櫓の五棟ならなっており、内堀に浮かぶ天守は見飽きることがない。

 本丸内部への入城は、8時30分〜16時半まで(17時閉門)だが、いつでも内堀越しに見れるのはありがたい。

 なお、総堀の土塁が市役所東庁舎の南、上野会計事務所裏、および土井尻(大手2丁目54番1号)の3ヶ所に残されている。(史跡松本城総堀土塁の保存について
 また、市内の若宮八幡宮本殿(松本市梓川梓)は旧松本城の鎮守社を移築したものと伝わる。

朝日に染まる天守
朝日に染まる天守

 城郭の歴史
 元弘4年(1334)建武の新政後、甲斐の小笠原氏が伊那から井川城に進出。信濃守護として勢力をはったが、現在の松本城の地には支城が置かれ、坂西氏,島立氏が在城し、深志城とよばれる城へと発展をみたとされる。

 天文17年(1548)塩尻峠の合戦で小笠原長時を破った武田晴信(信玄)は小笠原氏の居城・林城を始め深志城,岡田城,桐原城,山家城などの諸城を次々に落とした。

 天文19年(1550)深志城の戦略的な要地であることを見抜いた武田晴信は高白斎に命じ、深志城の大がかりな改修をおこない、以後30余年にわたって信濃攻略の拠点とした。

 天正3年(1575)長篠の戦いで武田氏が織田・徳川軍に敗れた後は、深志城には木曽義昌が入城するが、天正10年(1582)本能寺の変の後、上杉景勝の応援を得た小笠原貞慶が失地を回復した。

 現存する五層六階の大天守、渡櫓、乾小天守は天正18年(1590)に八万石で入部した石川康昌(数正)、康昌の子・康長によって、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いまでに完成をみたと考えられている。


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