的場城
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【城郭の概要】
所在地:上伊那郡高遠町的場
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :横堀,竪堀,土塁
城 域 :300m×400m
     標高  −
     比高 約150m


主曲輪北側の切岸
主曲輪北側の切岸

【現地への案内】
国道152号線的場地区
詳細位置はコチラ 

【駐車場蓮華寺駐車場を利用、約10台
【訪 城】2003年5月
【撮 影】2003年5


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 高遠城の北1kmにあり、藤沢川に沿って通る杖突街道(国道152号線)を見下ろす位置にある。国道152号線に面し、的場城の南側麓にある蓮華寺の「絵島の墓」から山中に入り、西側の谷筋に沿って上ると約5分で竪掘に出る。ここから右手の尾根を戻るような形で登るが、道筋は薄いので、適当に山頂を目指す。登り始めて20分ほど南端の曲輪西側の堀に出る。

 南端の曲輪は50m×30mほどで周囲に土塁を巡らせている。南〜東にかけての土塁は高さが1.5m〜2mほどであるが、西側土塁は約1mと低い。平虎口が南西と南東、および東にあり、虎口周囲に帯曲輪と6本の竪掘を配している。
 南端の曲輪から続く北東尾根には幅10mほどの曲輪を経て、周囲に土塁を配した曲輪に出る。この曲輪も南端の曲輪と同様に南東側の土塁が高く、南西側の土塁は低い。杖突街道側に対する防護意識が感じ取れる。続く主曲輪は不等辺の三角形状で長辺が30mほどである。周囲には竪掘を配し、西側には南端の曲輪から続く横堀とドッキングさせている。こうした連郭式の曲輪にそって横堀を通す技法は静岡古城研究会の水野茂氏も「古城」の中で指摘されているが、静岡県の丸子城にも同様のものが観られ、武田流築城術の特長の一端を垣間見ることが出来る。
また、主曲輪北の尾根には東向き防御を意識した竪土塁と曲輪がある。

 登城ルートは的場地区の公民館の南から出ている「じょうやまコース」のハイキング道を登っても良いが、「森林資源保護のため他地区よりの入山を固く禁ずる」との標識も有り、入山については注意を要する。

【城郭の歴史】
  この城の築城目的を考える場合、天文11年に諏訪侵攻を開始した武田晴信(信玄)が、突峠街道を南下、高遠進出を狙って築き、天正10年織田軍の高遠攻めに備えて武田軍により改修されたものではないかと考えられのだが・・・、詳細不明


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