鴨ヶ嶽城・鎌ヶ嶽城
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【城郭の概要】
所在地:中野市大字中野字大平山
別 名 : −
築 城 :戦国時代
初城主:高梨氏
区 分 :山城
遺 構 :堀切,竪堀,横堀
城 域 :300m×200m
     標高 688m
     比高 約300m
県指定史跡

鴨ヶ嶽城主曲輪南側の堀切
鴨ヶ嶽城主曲輪南側の堀切

【現地への案内】
 国道403号線中野市江部の信号を東入る、東山公園、日本土人形館を目当てに
詳細はコチラ 

【駐車場日本土人形館の駐車場を利用
【訪 城】2004年5月
【撮 影】2004年5月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★★
体力消耗度 ★★★
お勧め度 ★★★
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
■鴨ヶ嶽城
 東山公園にある日本土人形館前の弘法大師堂の背後の東山遊歩道からも登れるが、日本土人形館前の道路を約200mほど北に歩いた地点の登山道から七面台展望台を経由して登る。七面台展望台は鴨ヶ嶽城の出郭的な存在か、曲輪が確認できる。 急斜面の支尾根を25分ほども登ると尾根に出る、ここからが本格的な城域となる。 この鴨ヶ嶽の尾根幅は広い所で20〜30m、屏風を立てたような山形で、東西の斜面から登ることはかなわない。約40分で主曲輪に出る、この間尾根筋に小曲輪があり、いずれも削平状態はきわめて良い。山頂の主曲輪からの眺望は抜群で、眼下に中野小館(高梨館)、遠くは善光寺平や千曲川流域を一望できる。
山頂からの中野小館(高梨館)
山頂からの中野小館(高梨館)

 狭い尾根上に連郭式に曲輪を配置し、その間を何条もの堀切で処理した、堀切防御の城であるが、主曲輪背後(南側)の堀切は強烈である。堀切の規模に興奮しながらも、このような高所にありながら、かくも大規模な堀切が必要なのかと思った。尾根続きの南側に鎌ヶ嶽城があり、両城を併せての城廻りはお勧めである。
 この鴨ヶ嶽城、弘治年間(1555〜1558)には甲斐の武田氏によって落城するが、この要害地形からして、おそらく武田も力攻めではなく、兵糧攻めや、権謀術策を廻らしたのではないだろうか。(^^)

■鎌ヶ嶽城
 鎌ヶ嶽城は、鴨ヶ嶽城の主曲輪から尾根沿いに南に約200m、堀切を挟んで、尾根幅が30〜40mに広がった一帯が鎌ヶ嶽城の城域となる。
 城域内で曲輪としての明瞭な縄張りはされておらず、削平状態も良いとはいえない。

南端に鴨ヶ嶽城・鎌ヶ嶽城で最大の堀切が配置されている。この堀切の城内側と城外側に土塁が築かれているのが非常に特徴的である。城内側の土塁の内法に石積みがされている。
また、この巨大な堀切の西側は比較的緩斜面であるため、この斜面から迂回してくる敵を意識して、横堀と竪堀を組み合わせて防御の強化が図られている。

鎌ヶ嶽城の堀切
鎌ヶ嶽城の堀切

【城郭の歴史】
 現状の大規模な構築は、戦国時代(1460頃から100年間)の初め頃、高梨政盛が小館の居館とともに修築拡大したものとされています。この鴨ヶ嶽城は比高差300mの独立尾根上に南北500mにわたっております。
 本郭は最高所にあって約8m×35mの長方形をなしています。その東と西に腰郭と切岸を伴い、南には土壇上の土塁と深い切岸があり、北には堀切と段郭が続いています。また、南方の郭には井戸跡と思われる施設も残っております。
現地案内板より

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