信濃 伊豆木城
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 城郭の概要
所在地:飯田市伊豆木
別 名 :羽根ヶ城
築 城 : −
初城主:伊豆木氏
区 分 :山城
遺 構 :堀切,堅堀
城域 :450m×500mm
      標高 580m
      比高 80m
 現地への案内
交通機関は車を利用
国道153号線、川路から県道234号線を西へ約1.5km旧小笠原書院へ
詳細位置はコチラ 

 駐車場
旧小笠原書院の駐車場を利用

【訪 城】
2008年5月
【撮 影】2008年5月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



三の曲輪と二の曲輪間の堀切
三の曲輪と二の曲輪間の堀切

 現地の状況
 伊豆木城は伊豆木陣屋(旧小笠原書院)の背後の独立した丘陵地にあって、小笠原資料館横の道から弱冠の藪漕ぎをしながら登ると5分足らずで城域に入る。

 中核部は南北に並べた3つの曲輪を中心として構成され、各曲輪を自然谷を利用した堀切で独立させている。求心性のない縄張りで主曲輪は真ん中の曲輪だろうと想像するしかない。

 縄張りもさることながら曲輪の切岸斜面も厳しさがなく、緊張感が感じられない。おそらくは戦国初期の山城であろう。

一の曲輪
一の曲輪

 城郭の歴史
伊豆木城の城主は伊豆木氏といわれ、「大塔物語」によれば、応永7年(1400)に信濃守護小笠原長秀が善光寺に討ち入った時、従軍した伊那衆の中に伊豆木美作守の名が見える。
 また、応仁の乱の土岐、足利義政から感状を受けた松尾城主小笠原家長らに関連して伊豆木尾張守の名が見えるが、伊豆木氏については小笠原氏の被官であったと推測される他は不明である。

 その後、慶長年間に松尾の小笠原信嶺の弟・長巨が千石を与えられて伊豆木に入部し、麓に居館(旧小笠原書院)を構えて居住した。
二の曲輪と一の曲輪間の堀切と堅堀
二の曲輪と一の曲輪間の堀切と堅堀
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