井上氏館
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【城郭の概要】
所在地:須坂市井上
別 名 : −
築 城 : −
初城主:井上氏
区 分 :館
遺 構 :石積み
城 域 : −


畑地に残る石積み
畑地の一角に残る石積み

【現地への案内】
国道403号線、井上地区郵便局が目当て
詳細はコチラ 

【駐車場路上駐車
【訪 城】2004年5月
【撮 影】2004年5月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 井上氏館は畑地となり、畑地の一角に裏鬼門の西南の角を欠く入角(いりずみ)の石積みが残る。
近くに土塁らしきものもあるが、果たして当時のものか?

館の南約500mの山に大城,小城、東約1.5kmに竹ノ城が位置している。

【城郭の歴史】
 井上氏の祖は清和源氏源頼信の第三子頼季であるが、頼季は京に官仕していた。その子満実に至って11世紀後半、信濃高井郡に入国した、信濃に最も早く入ったので、井上氏は信濃源氏の祖とも云われる。満実はこの地に入って井上氏を称したが史料の最初はまず戸隠寺を経営したことである。井上氏の氏族的伝統は仏教文化と関係が深いが、これは満実の戸隠入部の影響であろう。井上氏は入国以来、高井郡南半にかけて15の氏族を分出した。保科・米持・村上・高梨・須田氏などはその主なもので、その遺跡と後裔は今日もなお全国に広く残っている。
 この館跡は全面に大城・小城を、東方に竹の城を馬蹄形に配する扇の要に位置し
湧水線直上にあって、西北方に展開する所領の水田地帯を掌握するに便である。
 ほぼ一丁四方(約100m四方)の回字形を成し、四周に水堀を巡らしていた。古代以来豪族居館の例によって裏鬼門の西南の角を欠く入角になっているのも注目される。信濃入国以来この居館の位置は動いていない。井上氏はこの地を本拠として西国各地に現存し、仏教文化の面では特に臨済寺。真宗に名僧知識を輩出し、井上氏系教団は今日全国に展開している。  
井上歴史の道  現地案内板より

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