飯島陣屋
HOME長野県の城郭
【城郭の概要】
所在地:上伊那郡飯島町本町
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :陣屋
遺 構 :復元
城 域 : −
県指定史跡



復元された飯島陣屋

【現地への案内】

詳細位置はコチラ 

【駐車場専用駐車あり、30〜40台
【訪 城】2003年5月
【撮 影】2003年5


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 建物は復元されたものであるが、陣屋として当時の状況がつぶさに見られるのは全国でも飛騨陣屋などを含めわずかだという。
200円也の入場料が必要だが、飯島町教育委員会の学芸員の詳しい説明付きで、見学後はお茶の接待もあり、観光気分でお城巡りが楽しめる。
 昔は土塁なども残っていたとのことであるが、今は残されていない。

【城郭の歴史】
 この史跡は江戸幕府の代官陣屋として設けられ、信濃の幕府直轄領統治の中心となった飯島陣屋の所在地であり、明治維新後は続いて伊那県庁として信濃を統治した記念すべき政庁跡である。

 飯島陣屋は寛文12年(1672)飯島町附近が天領(幕府直轄地)となったため、延宝5年(1677)幕府が領地を治めるために置いたものであり、以後慶応4年(1868)まで190年間伊那郡の約5万石の天領を支配し、時には、佐久郡御影新田・埴科郡中之条・高井群中野なども支配することがあった。

 伊那県庁は、明治元年(1868)新たに伊那県が置かれ飯島陣屋を政庁に新政が行われたが、明治4年(1871)廃藩置県に伴い、南信七郡と飛騨の一部を合わせた筑摩郡に引き継がれるまで、この地方の政庁が行われた。
 当時の面影を留めるものとして、官舎の一部(現在の記念館)・石橋・陣屋小路・土居・井戸・稲荷社があるが、特に稲荷社は陣屋ならびに県庁の鎮守として官吏の崇敬を集めたものであろう。
長野県教育委員会

  
HOME長野県の城郭

近江の城郭