平沢城
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【城郭の概要】
所在地:下高井郡木島平村住郷
別 名 : −
築 城 :南北朝時代
初城主:毛見氏
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堀切,横堀,竪堀
城 域 :100m×700m
     標高 880m
     比高 325m(平沢集落から)
村指定史跡


主曲輪背後の堀切
主曲輪背後の堀切

【現地への案内】
国道403号線上木島の信号から県道451号線に入り、県道354号線、上千石から千石林道
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【駐車場路上駐車
【訪 城】2004年5月
【撮 影】2004年5月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 上千石地区から千石林道に入る。林道入口の神社に車を置いて歩くこと約45分で林道終点に着く。林道は広く、よく整備もされている。所々に切り出した木などが置かれており、道幅が狭いところがあるが、乗用車でも楽に通れる。地元の人の意見で車を置いてきたが、当方四輪駆動なだけに車を置いてきたことを後悔。(^^;
しかしながら、山野草の多い山で往復1時間半の林道を、お城めぐりとは違った形で楽しめた。

 林道終点から左手の山に入る。途中から道がなくなるが、急な斜面を登りきると約10分で主曲輪東斜面にある曲輪下の横堀に出た。
主曲輪にある木曽義仲従士の碑
木曽義仲従士の碑

曲輪配置は主曲輪西側に堀切を挟んで3段の曲輪を配し、曲輪周囲に横堀、さらには竪堀を組み合わせている。北側斜面は非常に険しく、人を寄せ付けることはない。北側眼下には平沢地区が一望できる。
主曲輪の背後には三条の堀切、さらに100mほども登ると堀切を伴った二の曲輪が配されている。
平沢城は川中島を舞台として武田と上杉が戦った、上杉の拠点である飯山城(飯山市)から西に約10kmにあり、堀切規模や横堀と竪堀の使い方などは両戦国大名の手が入っていることは明らかである。
 見所は主曲輪背後の堀切であるが、これら堀切の斜面等が全く崩れておらず、人の入った気配が少ないことが特筆される。平沢城自体が戦国期からタイムスリップしてきたような雰囲気を持つ城で、お勧めの1城である。
 なお、眼下の毛見郷と志久見郷を繋ぐ街道は、その昔木曽義仲が通ったという伝承があるという。

【城郭の歴史】
 この城跡は昭和56年8月、木島平村文化財保護条例30条により村指定史跡に指定された。その規模は本郭,二之郭,三之郭よりなる。本郭は城山と称せられ、広さ200m2の眺望の優れた平坦地で「義仲従士之墓」の石碑が建てられている。ここより尾根を登ると三条の大空掘がある。これを超えると低い土塁に囲まれた広い二之郭にでる。更に登ると一条の大空掘を経て三之郭に達する。

 ここは山城中で最も高所で眼下に馬曲集落の全貌を監視することが出来る。なお、本郭から尾根を南西に下ると所々に小空掘や石積みが見られ、山腹に水の手もある。
 平沢村は毛見郷の北端に位置し、毛見氏がその一党の平沢をして馬曲方面より進入する敵に備えて構築したもので、その規模は郷内で最大の要害である。

 平沢氏は中世において毛見氏と共に活動しており、かっては馬曲通り志久見郷への交通路の押さえとしても重視されていたと推察される。村内には平沢氏の居館も残っている。
木島平教育委員会  現地案内板より

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