光城
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【城郭の概要】
所在地:南安曇郡豊科町田沢
別 名 : −
築 城 :戦国時代(16世紀)
初城主:光氏
区 分 :山城
遺 構 :堀切,土塁,空堀
城 域 :200m×50m
     標高 911m
     比高 360m

町指定史跡


光城の主曲輪土塁
主曲輪土塁

【現地への案内】
国道19号線田沢北の信号を東入る、約1km先を左折、案内板あり
詳細位置はコチラ 

【駐車場空き地に駐車2台駐車可
【訪 城】2002年9月
【撮 影】2002年9月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 標高911mの光城山の山頂に築かれ、これぞ信濃の山城といった感のある城である。まともに登れば、ゆうに1時間半はかかるのではないかと思われるが、幸いなことに山頂まで林道が延びている。林道は舗装されているので、普通車でも問題はない。
縄張り図

 山頂にはプレハブの資料館があり、高山植物の写真などが展示されている。こんなところでも山の高さを実感させる。西には北アルプスが望め、眺望は抜群である。
 さて、お城の遺構であるが、山頂手前の2条の堀切が林道を通すために削られ、一部を残すだけとなっている。曲輪構成は主曲輪の東に帯郭を配し、西に副曲輪といった簡単な造りであるが、主曲輪東側には折れを入れた虎口があり、主曲輪には土塁も残る。


【城郭の歴史】
 豊科町内では規模の大きな山城で、鎌倉時代にこの地に来住した海野氏の一族、光氏によって戦乱の激しくなった戦国時代(16世紀)に築かれたと考えられる。
 犀川右岸丘陵地の尾根道南端を固めており、武田氏の松本平侵攻に対しても、兵を配備し籠城したとみられる。しかし、天文22年(1553)仮谷城攻めに際し、戦わずして落城した。その後、天正10年(1582)に松本城・城主となった小笠原貞慶によって修復されたと考えられる。

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