伊勢 津城
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【城郭の概要】
所在地:津市丸之内本丸
別 名 :安濃津城
築 城 :元亀元年(1570)
初城主:長野上野介信廉
区 分 :平城
遺 構 :石垣,土塁,天守台
城 域 : −





復興された三重櫓
復興された三重櫓


復興された三重櫓
復興された三重櫓

【現地への案内】
 国道23号線三重会館信号前
詳細コチラ 

【駐車場市役所の駐車場を利用
【訪 城】2000年9月,2008年6月
【撮 影】2008年6月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 国道23号線が津城の南、内堀と外堀の間を走り、現在残されているのは内堀の一部(本丸と西の丸の周囲)で本丸石垣が比較的状態良く残されている。
また、昭和33年に東鉄門跡の横に復興された三重の櫓が落ち着いた佇まいをみせている。


 なお、西の丸の日本庭園には、藩校であった有造館の入徳門(津市指定史跡)が移築されている。

【城郭の歴史】
 津城は織田信長の弟信包によって築城された。信包は信長が伊勢へ勢力を伸ばしてきたとき、長野氏の養子に入ったものである。
 天正8年(1580)には五層の天守閣が完成し、当時柳山付近が中心であった津の町から町家や寺院が移され城下町が作られた。その後、冨田氏が城主となり、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いのとき西軍の攻撃を受け、城・城下町とも戦火を受けた。

 慶長13年(1608)藤堂高虎が伊予今治から移ってくると、城に大改修を加え城下町を整備した。本丸を広げ、石垣を高くして北側の石垣に隅櫓を築き、堀も整備したが、天守閣は再建されなかった。津城は典型的な平城で、堀が「回」の字形に二重に廻っている輪郭式、または囲郭式といわれる形の城である。

 城下町は城を中心に北・西・南側に武家屋敷、東側に町屋が置かれた。町外れを通っていた伊勢街道を城下に引き入れ、町の発展を図った。また、堀川を掘り、東側の守りとしたが、物資の運搬にも利用され商業の発展に役立てられた。さらに堀川の外側には寺院を配置し、万一の場合に備えた。
津城の縄張り
津城の縄張り

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復興された三重櫓
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内堀と櫓台石垣
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