落山城
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【城郭の概要】
所在地:亀山市辺法寺町字網中
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :土塁.空堀,井戸
城 域 :120m×120m

     標高 70m
     比高 30〜40m


曲輪南東の虎口部

【現地への案内】
 国道306号線、川崎地区の八島橋を渡り西へ700m〜800m、日通商事の西隣の山林
詳細はコチラ 

【駐車場空地を利用
【訪 城】2005年4月
【撮 影】2005年4月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★★☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 天正11年(1583)羽柴秀吉の北伊勢進攻の際、秀吉軍が安楽越えをした街道(県道302号線〜県道637号線)沿い、安楽川左岸の舌状台地の先端に築かれている。 比高30〜40mほどの小山ながら、南〜東〜北は崖状をなし、台地が続く西側のみは平坦地となっている。  
 曲輪は幅40〜60mほどの広い台地地形をめいっぱい利用し、曲輪周囲には1mほどの低土塁を廻している。東側のみは高さ2〜3mの土塁を配し、二重土塁としている。また、曲輪内部にも低土塁と堀を入れ、城郭と云うよりも屋敷地といった印象を受ける。  東方は木々の間から、峯城を擁する舌状台地を間近に観ることが出来る、峯城までの距離は、直線距離にして600〜700mほどか。
 この落山城は天正12年に秀吉方に攻め落とされた峯城の支城として考えられているが、この広い台地状地形を少人数で守ることは容易ではなく、峯城の支城として機能していたとは考えにくい。峯城との関係を考えるならば、土塁が東側(峯城方面)のみ二重としていることから、峯城を攻撃した秀吉方の陣城の可能性が高い。峯城との距離からも付城とするには申し分ない。
 また、“落山城”という名自体、城の名前としては、「山が落ちる」に通じ、あまり好ましい名前とは思えない。むしろ「山を落とす城」、つまり峯城を落とすための城と考えるのが妥当ではないだろうか。

【城郭の歴史】
 安楽川左岸標高60m東西に細長い台地上にある。北東と南西に土塁が続き、北西も土塁で区切られ一部は二重になっている、井戸も数カ所ある。南部は土取がせまり、その断面には溝状の落ち込みが見られる。 北東に県指定史跡峯城跡があり、峯城の出城と伝えられる中世城館址で、土師器庁、山茶碗などの遺物も出土した。

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