長野城
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【城郭の概要】
所在地:安芸郡美里村桂畑字荒井
別 名 : −
築 城 :南北朝期
初城主:長野氏
区 分 :山城 
遺 構 :土塁,堀切
城 域 :150m×100m
     標高 540m
     比高 360m

長野城の曲輪
長野城東側の曲輪
車
【現地への案内】
国道163号線長野地区から西に約1km
詳細コチラ 

【駐車場長野城手前に2〜3台程度
【訪 城】2003年2月
【撮 影】2003年2月

メモ
評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆ 車で登れば・・・
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 長野地区の集落に入ると、長野城への案内板が幾つか建っている。しかし周囲は山ばかり、それも相当な高さの山が眼前に迫り、こんな所にある山城の場所が特定できるのか不安になる。
 集落の中に長野城への登山口を示す看板を見つけたが、車で行けるところまで行くつもりなので素通りして車を走らせること約10分、長野城への入口を示す看板を発見。しかし、未舗装で岩がゴロゴロしている林道で長野城までの距離は2.4km。4駆であるのを幸いに車を乗り入れ、ガードレールのない林道のドライブを楽しみながら約10分間で長野城に着く。4駆でない車の場合は、長野城入口で車を乗り捨て歩いた方が賢明。

 遺構は削平地と水場、小さな堀切が4本ほどある程度で、観るべきものはあまり無い。険しい山頂に築かれた山城としての意義を見出すぐらいか。
しかし、山頂からは太平洋をも一望できる景観は素晴らしい。ハイキングを目的に来ればお釣りが来るかも。(^^)
縄張り図

【城郭の歴史】
 長野氏は南北朝時代から室町時代の頃、美里村の長野を本拠にして旧安濃郡と奄芸郡を支配した国人領主である。
 南北朝時代には北朝方の有力武士であり、室町時代には幕府の奉公衆として活躍した。延文5年(1360)幕府に背き京都からこの長野城に逃げ籠もるが、要害堅固のために寄せ手が近寄れず2年以上の籠城になったという。

 城は簡単な構造であるが、記録に裏付けられた南北朝時代の山城して重要であることから、土地所有者各位の理解と協力を得て国の指定史跡に指定された。
美里村教育委員会 現地案内板より

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