笑路城
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 城郭の概要
所在地:亀岡市西別院町笑路
別 名 :松尾城,松尾山古城,松尾之城
築 城 :室町時代
初城主:長沢氏
区 分 :山城
遺 構 :天守台,石垣,枡形虎口
城 域 :170m×40m
     標高 414m
     比高 100m


 現地への案内
交通機関は車を利用

 詳細位置はコチラ
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 駐車場
路上駐車
【訪 城】2000年11月
【撮 影】2000年11月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


斜面の土止め石積み

 現地の状況
 笑路城は亀岡から池田に抜ける丹波街道を(国道423号線)を眼下に見下ろすように位置している。
国道横のあぜ道に車を止め、関西電力が整備した道を登ること約20分で山頂に着く。山頂には関西電力の高圧線鉄塔が城址跡を占領するように建つ。
 遺構は天守跡および虎口の石垣のほか、丹波街道から谷筋を経て上がってくる大手に設けられた小口の石垣と若干の土塁と井戸が残っている。しかし、石垣ははいずれもが数段程度で土止めの石積みというのが適当であろう。

 城郭の歴史
 丹波笑路城は摂津と都を結ぶ往還を眼下におさめ、中世末期に築城された中型梯郭式山城である。標高414mの山頂部には本丸と西の曲輪よりなる。
 天文年間(1532)から弘治(1557)の頃より長沢氏の名が見えている。天正5〜7年(1577〜1579)の頃、城主長沢家綱は法貴坂戻り岩において明智光秀と相対したが、光秀の和平作戦に賛同して行動し、本能寺に軍功をたてて山崎で討死している。
 



近隣の史跡
明智戻り岩
亀岡市曽我部町法貫
丹波から大阪方面へ向かう法貴峠の傍らにあるお経の書かれた巨岩「明智戻り岩」があります。光秀はこの岩の前で引き返し信長の滞在していた本能寺へ向かいました。この近くには明智橋という橋もかかっています。

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