山科本願寺南殿
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 城郭の概要
所在地:京都市山科区音羽伊勢宿町
別 名 : −
築 城 :延徳元年(1489)
初城主:蓮如
区 分 :館
遺 構 :曲輪,土塁,堀


 現地への案内
交通機関は車を利用
JR山科駅から徒歩15分
 詳細位置はコチラ
mapfan
 駐車場
駐車場は無し
【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


光照寺山門

 現地の状況
 山科本願寺南殿跡は山科本願寺跡の山科中央公園から東へ約1km、南殿光照寺を中心とした一帯であったとされ、光照寺の敷地内・南殿幼稚園の背後に土塁と堀跡が残されている。
 規模の大きな土塁であるが、南殿の規模からするとほんの一部分になるのだろう、残された遺構からは全体の構造を推し測ることができない。

土塁と堀
土塁と堀


土塁
土塁の一部

 城郭の歴史
 文明7年、吉崎御坊を退去した本願寺代八世蓮如は、文明10年(1478)、海老名氏から寺地の寄進を受けた山科の地に山科本願寺を再建して布教の本拠地とした。この本願寺を御本寺北殿と呼ぶのに対して,東方の音羽に築かれた殿舎を南殿と称した。

 南殿は、蓮如が延徳元年(1489)に75歳を迎えた時に隠居所として建てられたもので、現在の光照寺を含む付近一帯に築かれた。
 南殿は築地,堀,土塁などが設けられた城郭的な施設を備え、200m四方程度の規模があったものと推定されています、
 邸内には園地が築かれ、持仏堂,山水亭、台所などが設けられた。参殿は惜しくも千石の兵火により焼失しましたが、天文元年(1536)光称寺(現光照寺)が、その故地に建立され、現在に至っている。

 幸い南殿幼稚園の南方に堀、築地、築山、園地、持仏堂、山水亭などの南殿跡の遺構が良好に残っています。
現地案内板を加筆修正

 


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