丹波 黒田城
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 城郭の概要
所在地:南丹市園部町黒田
別 名 :木崎山城,片山城
築 城 :天暦元年(947)
初城主:森筑後守宗政
区 分 :山城
遺 構 :堅堀,土橋,土塁
城域 :150m×40m
      標高 262m
      比高 130m
 現地への案内
交通機関は車を利用
国道9号線、園部河原町の信号から国道477号線〜県道54号線へ、黒田地区
詳細位置はコチラ 

 駐車場
西部浄化センター前に駐車

【訪 城】
2008年5月
【撮 影】2008年5月
評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り



主曲輪東斜面の竪堀群
主曲輪東斜面の竪堀群

 現地の状況
 黒田城は山陰道から園部川沿いに篠山へ抜ける街道沿いの黒田地区にあって、観音峠から園部川に沿うように張り出した舌状尾根の先端、標高260mの小ピーク一帯に築かれている。

 山麓の民家の横、黒田城を守る会の案内板に沿って登ると5分ほどで出曲輪に出る。出曲輪からは細い尾根道を経て急斜面を登り切ると南尾根の曲輪で、ここからは平坦な尾根道を辿って主曲輪に至る。

 山頂の主曲輪からY字型に派生する東尾根と南尾根に曲輪を配した単純な縄張りの山城で、曲輪の削平は不完全で、主曲輪背後の北側尾根に浅い堅堀と土橋、東尾根の曲輪周囲の低土塁を見る限り、戦国期における丹波の一豪族の城である。
 しかし、主曲輪東側の谷筋斜面に配されている巨大な4条の竪堀群(畝状堅堀)は別格である。

 この畝状堅堀は主曲輪背後の尾根筋の横堀等とはあまりにも規模が違いすぎ、畝状竪堀はこの黒田城が後年に改修されたことを直感させられる。

 また、この畝状竪堀は非常な急斜面に掘られている上に規模が大きく、改修時の緊迫した軍事的緊張と共に、この城を守備した武将の決意のほどが窺える。

 こうした竪堀とともに東尾根の曲輪周囲にめぐらされた土塁が東を意識して配置されているのは天正5年(1577)に亀山城を築いた明智光秀による丹波攻めに抗するためであろうか。
 なお、黒田城から派生する東尾根の先端には、上木崎城が出城として築かれている。

黒田城から篠山へ抜ける街道を俯瞰
黒田城から篠山へ抜ける街道を俯瞰

 城郭の歴史
 天文19年(1550)の黒田城の戦いでは、園部村下司職の竹内孫五郎が秀信から感状を受けている(生身天満宮文書)が、黒田城の詳細については不明。

南尾根の曲輪
南尾根の曲輪
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