木津城
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 城郭の概要
所在地:木津川市木津片山
別 名 : −
築 城 :応仁・文明年間(1467〜1487)
初城主:木津氏
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,堀,土橋
城 域 :100m×50m
     標高 106m
     比高 約50m


 現地への案内
交通機関は車を利用
JR奈良線木津駅の東、約600m

 詳細位置はコチラ
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 駐車場
東山墓地の駐車場を利用、約10台駐車可

【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


土橋と空堀

 現地の状況
 木津城は伊賀街道(現国道163号線)と奈良街道(現国道24号線)が交わる要衝の地にあって、木津川の南岸で奈良街道を押さえる標高約100mの尾根上に築かれている。

 JR奈良線木津駅の南の踏切を越えて直進した東山墓地に車を置き、北の木津城をめざす。墓地北側の斜面を登ると広大な造成地に出る。造成地の北正面に半分取り崩された山を登り切ると木津城の城域となる。かろうじて造成による消滅を免れた感がある。

 深さ3mほどの空堀に渡された土橋を渡ると主曲輪で、広さは東西約40m、南北約50m。東〜南〜西と土塁が巡らされ、南と北に空堀を配してる。
地形からは北側(木津高校側)が大手と考えられ、北側にも同様に土橋が渡されている。
 主曲輪以外にも曲輪状の地形を確認するが、ほとんど削平されておらず、どこまでが城域か判断しがたい。

主曲輪南側の空堀

 城郭の歴史
 木津城は中世、木津荘を支配した地侍の木津氏の築城と伝えられている。
木津城では応仁・文明の乱の争乱期に木津荘をめぐって戦いが繰り広げられている。また、永禄11年9月、三好政康が入城している。

 京府都地誌には「木津某邸址ハ村ノ北東字殿城ニアリ。四履欠ク面積凡三百坪。里老云元弘ノ頃木津某ノ築造スル所ト。天正中ニ木津某ナル者此ニ居ル。慶長中徳川氏ノ為ニ亡ボサルト」記されている。


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