開田城
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 城郭の概要
所在地:長岡京市開田城ノ内
別 名 : −
築 城 :室町時代後期
初城主:中小路氏
区 分 :平城
遺 構 :土塁
城 域 :80m×80m
     標高 27m

市指定史跡

 現地への案内
交通機関は車を利用
阪急電車長岡天神駅から西へ徒歩3分
 詳細位置はコチラ
mapfan
 駐車場
駐車場は無し

【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

土塁
ビルの谷間に残る土塁

 現地の状況
 開田城は長岡京市の中心部、阪急長岡天神駅の西口から徒歩3分ほどの距離にあり、ビルの谷間に高さ3m、長さ30mほどの土塁が残されている。

 土塁1条ながら、よくぞ残したものと思う。あっぱれ長岡京市!(^^)



 城郭の歴史
 開田城は西国街道の西に位置し老ノ坂から山崎へ抜ける丹波道を掌握できる位置にある。
 文明2年(1470)4月18日「西岡於て日々合戦あり、開田城並びに勝竜寺城、山名弾正ならびに丹波勢これを責む云々」とあり、応仁の乱当時土豪中小路氏の居館が畠山義就の西岡占領と同時に城郭として利用されたと考えられている。




近隣の史跡
勝竜寺公園
元亀2年(1571)細川藤高が改修し、天正10年(1582)の山崎の戦いで明智光秀が入った勝竜寺城跡に模擬櫓が建てられている。

勝竜寺城

物集女城
 物集女街道沿いにある物集女氏の居城で今なお堀と土塁が残る。


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お勧め度



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