穴太城(あなおじょう)
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 城郭の概要
所在地:亀岡市曽我部町穴太
別 名 :穴穂城,長谷山要害,長谷山堡
築 城 : −
初城主:赤沢加賀守義政
区 分 :平山城
遺 構 :曲輪,天守台,土塁,石積み
城 域 :180m×50m
     標高 138m
     比高 28m


 現地への案内
交通機関は車を利用

 詳細位置はコチラ
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 駐車場
小幡神社の駐車場を利用
【訪 城】1999年10月
【撮 影】1999年10月

評価項目 見所評価
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

櫓台の石積み
櫓台の石積み遺構

 現地の状況
 穴太城は犬飼川の西の舌状尾根の先端に築かれ、主曲輪を中心にして西に三の曲輪、東に二の曲輪を配した梯郭式の平山城である。

 麓の小幡神社の背後から登ると、5分足らずで二の曲輪を経て主曲輪に着く。主曲輪北東部に櫓台を設け、石積みが確認できる。


 城郭の歴史
 「石田家系全」によると、「天正六年穴太長谷山ノ城主赤沢加賀守義政其頃南掛村ニ住ス。南掛村は加賀守旧領ナリ。加賀守ハ長沢氏因幡守聟ナリ」とあり、天正年間この穴太城には、八木城主内藤宗勝の家臣・赤沢加賀守義政が在城していたことがわかっているが、その他詳細は不明。

 


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