鷹巣城(たかのすじょう)
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 城郭の概要
所在地:金沢市西湯市瀬
別 名 : −
築 城 :天正年間(1573〜1592)
初城主: −
区 分 :山城
遺 構 :曲輪,土塁,空掘
城 域 :150m×200m
     標高 243m
     比高 50m


 現地への案内
交通機関は車を利用
 金沢市内から県道10号線にを東へ走り、土清水から県道207号線に乗り換え更に約6km東へ走る。 金沢大学総合グランドの看板から測道に入り、約400mで林道に入り、更に400mで道は二股に分かれるが、右手畑地の北側が城域
 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
 路上駐車
【訪 城】2007年3月
【撮 影】2007年3月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

鷹巣城主曲輪と土塁
主曲輪と土塁

 現地の状況
 概ね見当をつけて林道に入ったものの当てはなく、幸い畑仕事をしている人を見つけて鷹巣城を訪ねると、なんたる偶然か山の地主さんだった。
おまけに現地まで案内して頂き、なんの苦労もなく鷹巣城にたどり着いた。

 鷹巣城はなだらかな尾根上にあって、大きくは5つの曲輪で構成され、屈曲した横堀と重ね馬出といった織豊系の特徴を備えた山城である。
 主曲輪は方形で前面に高さ1.5〜2mの土塁を巡らせ、虎口を空掘と土塁で形成した土橋を備えた馬出状の曲輪で、この主曲輪の横(南)に位置する二の曲輪と前面の三の曲輪が馬出状の曲輪で、主曲輪と共に重ね馬出を形成している。
 虎口はいずれも南〜南東に開いており、尾根の北側を通る煙硝街道(県道10号線)とは逆の方角であるのが、少々不思議な気がした。
縦横に巡らされた空掘は深くはないが、長大で織豊系の山城をタップリと楽しめる。

三の曲輪虎口
三の曲輪虎口

 城郭の歴史
 石川県史には以下のように記されているが、詳細は不明。
「天正4年城主を平野神右衛門といひしが、翌5年神右衛門越後に赴きて上杉謙信に属す。8年佐久間盛政尾山に入るにおよび鷹巣城を修めしめ、柘植喜左衛門、敦賀八矢、松本我摩久順次ここに鎮せり。
 一説にこの時柴田勝家、拝郷家嘉をして守らしめたりともいふ。13年佐々成政鷹巣を襲いて火を縦ち、前田利家出張してこれを撃退せしむことあり」




観 光
倶利伽羅古戦場
河北郡津幡町倶利伽羅リ2
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 寿永2年(1183年)の源氏と平家が興亡の明暗を分けた倶利伽羅合戦(砺波山合戦)の舞台となったところで、木曽義仲が平家を相手に「火牛の計」で勝利した地。
 峠からは立山連峰を望め眺望は抜群。

妙立寺
金沢市野町1-2-12
TEL 076-241-0888
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 加賀藩の出城ともいわれ、4階7層の建物内部にある井戸、落とし穴階段、仕掛け賽銭箱など、敵を欺く仕掛けが隠されていおり、別名・忍者寺ともよばれるほど複雑な構造をしている。



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