加賀 金沢城(尾山城)
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 城郭の概要
所在地:金沢市丸の内町
別 名 :尾山城
築 城 :天文15年(1546)
初城主:一向宗徒
区 分 :平山城
遺 構 :石川門,石垣,空掘
城 域 :6750m×663m
     標高 60m
     比高 40m
重要文化財 石川門、三十間長屋

 現地への案内
交通機関は車を利用
JR金沢駅の南西約1.5km
 詳細位置はコチラ mapfan

 駐車場
 兼六園周辺の有料駐車場を利用
【訪 城】2001年8月,2003年11月,2007年3月,2008年8月
【撮 影】2008年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ★★
普請 ★★
体力消耗度 ★★
お勧め度 ★★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

野暮の耳寄り情報
 金沢城の五十間長屋への入城料は300円、兼六園の入場料とセットで買えば500円と割安になります。
これは、券売所で案内してくれます。

 しかし、兼六園は市民のために早朝は無料開放されており、市民でなくとも自由に入園可能です。
 早起きできる人は、利用しちゃいましょう〜。

 開園時間は下記の通りです。

3月1日〜3月31日 5時〜6時45分
4月1日〜8月31日 4時〜6時45分
9月1日〜10月31日 5時〜6時45分
11月1日〜2月末日 6時〜7時45分


石川門
石川門

 現地の状況
 平成13年、金沢城址は「金沢城公園」として再整備され、二の丸菱櫓、五十間長屋、橋爪門、橋爪門続櫓が復元されているが、金沢城の一番の見所は天明七年(1787)に再建された石川門である。
 なまこ壁と鉛瓦で葺かれた白っぽい屋根は、あたかも雪が積もったように見え、独特の風情を感じさせる。

 城内の至る所にある石垣は野面積み,切り込みはぎ,打ち込みはぎなど多様な積み方がされ、石垣を観て歩くだけでも飽きることがない。
特に、戸室山に産する角閃安山岩の戸室石で築かれた赤と青の石垣は、他では観ることの出来ない配色の妙を楽しむことができる。

 また、尾山神社の東神門は旧金沢城二の丸にあった唐門を移築したもので、金沢城で唯一残る桃山風御殿様式の門である。

 なお、2002年(平成14年)のNHK大河ドラマ以後、金沢市内には利家とまつゆかりの観光コースが設定されている。
 また、市内の野田山にある加賀藩前田家墓地には利家をはじめとする歴代の加賀藩主の墓があり、利家の墓の横にはまつが葬られています。これらの墓は一辺が8〜10mもある巨大な墳墓で一見に値する。


五十間長屋と菱櫓

 城郭の歴史
 金沢城は加賀百万石・前田利家の居城として知られているが、金沢城の創築は天文14年(1545)加賀一向一揆が加賀本願寺教団の政庁としてつくった金沢御堂(金沢御坊)とされる。
 文明3年(1471)比叡山延暦寺の迫害を受けて京から逃れた本願寺第8世蓮如は、本願寺系浄土真宗の北陸における拠点として越前と加賀の国境付近の吉崎に道場(吉崎御坊)を建てて布教を開始。

 蓮如が吉崎を退去した長享2年(1488)、本願寺門徒は吉崎御坊を拠点に蜂起すると加賀国守護・冨樫政親を滅ぼし、以後、天正8年(1580)織田信長に滅ぼされるまでの約100年間「百姓の持てる国」として越後の上杉氏、越前の朝倉氏などの戦国大名にも匹敵する国力を維持し続ける。

 加賀一国を支配した加賀本願寺は天文14年(1545)に金沢のほぼ中心部、北に犀川、南に浅野川に挟まれた小立野の台地北西端に尾山御坊(金沢御堂)を建立し、加賀本願寺教団の政庁としてつくった。これが金沢城の創築である。

 天正3年越前の一向一揆を制圧した織田軍は、その勢いをかって加賀に侵攻。織田軍の侵攻によって苦境に立たされた本願寺の顕如は天正4年(1576年)2月上杉謙信と講和を結ぶと、翌天正5年、上杉軍と共に手取川で織田軍を撃破。

 天正6年(1578年)3月、越後の上杉謙信が急死すると、織田信長は柴田勝家、佐々成政、前田利家等に命じて再び加賀に侵攻。天正8(1580)4月、ついに金沢御堂は攻め落とされ、ここに100年間続いた本願寺による加賀支配は終わりを告げた。
 加賀を制圧した柴田勝家は甥の佐久間盛政に石川・河北2郡13万石を与えて金沢御堂に配し、佐久間盛政は金沢御堂を戦国城郭へと改修した。

 天正12年、賤ヶ岳で柴田勝家が羽柴秀吉に敗れると、柴田勝家に与していた前田利家は北ノ庄城に籠もった柴田勝家攻めの先鋒となり、戦後は本領を安堵されるとともに佐久間盛政の旧領・加賀国のうち二郡を加増され、尾山城(現金沢城)に移り、本格的に金沢城を改修。
 利家の長男・利長の代になって文禄元年(1592)から慶長4年(1599)の間に石垣を築き、城の周囲を内惣構堀で囲み現在の金沢城となったとされる。

金沢城縄張り
金沢城縄張り

観 光
加賀藩前田家墓地
金沢市野田町
加賀藩前田家墓地
 野田山墓地には加賀藩の藩祖・前田利家や、その妻・まつ、長男・利長、利長の妻・永(信長の四女)など、歴代藩主の墓があります。
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大野お台場公園
石川県金沢市大野町
この公園は幕末に黒船の来襲に備えた砲台場跡地でもあり、資料を元に復元された大砲も設置されています。
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尾山神社
金沢市尾山町11 
尾山神社東神門
 初代加賀藩主前田利家公と正室おまつの方を御祭神とする。明治6年(1873)に歴代藩主の別邸であった金谷御殿跡に建立されたもので、築山地泉回遊式の庭園は、江戸末期に作庭されたもので、かつて辰巳用水を引き入れた池には、三つの島と趣向を凝らした橋が配され、書院庭園の面影を色濃く残している。
 東神門は旧金沢城二の丸にあった唐門を移築したもので、金沢城で唯一残る桃山風御殿様式の門である。

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妙立寺
金沢市野町1-2-12
TEL 076-241-0888
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 加賀藩の出城ともいわれ、4階7層の建物内部にある井戸、落とし穴階段、仕掛け賽銭箱など、敵を欺く仕掛けが隠されていおり、別名・忍者寺ともよばれるほど複雑な構造をしている。


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五十間長屋と橋爪櫓(左)と菱櫓(右)
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石川門の枡形
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石川門
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五十間長屋の内部
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石川門の石積み
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橋爪一の門と五十間長屋
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三十間長屋
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金沢城下と兼六園


主計町茶屋街
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長町武家屋敷
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兼六園〜雁行橋
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にし茶屋街
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兼六園〜徽軫(とじ)灯籠
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兼六園
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