朝日山城
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 城郭の概要
所在地:金沢市加賀朝日町
別 名 :一本木城
築 城 :天正年間(1573〜1592)
初城主:村井長頼か
区 分 :山城
遺 構 :曲輪,空掘
城 域 :150m×70m
     標高 180m


 現地への案内
交通機関は車を利用
 国道359号線内山峠から西へ約600mから県道202号線に入り、朝日荘学校をめざす。朝日小学校手前の田原バス停手前を右折し、すぐの二俣を右折し、約300m
 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
 路上駐車
【訪 城】2007年3月
【撮 影】2007年3月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り
普請
体力消耗度
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

曲輪
主曲輪と袖曲輪

 現地の状況
 朝日山城は林道が城域を分断する形で通っているが、城であることを示すものもなく、見つけるには幾つかの山城を廻った経験とカンが必要となる。(^^:
目印といえば、土砂採取の現場となっていること、および林道の左手に堀切状の地形を見落とさないことぐらいである。
 現在の朝日山城は土砂採取のため半分以上を取り崩されており、林道横の空掘と、土砂採取されている小山に曲輪が残されている程度で、北側の堀切は当時のものかどうか自信をもって断定するには至らなかった。
 いずれにしても、現地の状況だけではこの場所が城郭遺構とは判断できず、現地の人に確認を取るような次第。
 このまま土砂採取が続けば、この城は近いうちに消滅してしまうことは間違いない。なんとかならないものかと思う。

曲輪
曲輪かどうか・・・・・

 城郭の歴史
 朝日山城は松根城と共に加越国境を通る小原道を押さえるために築城されたものである。
 天正元年8月10日上杉謙信が一向一揆を朝日山に攻めたという伝えもあるが、朝日山城としての登場は天正12年である。
 前田利家が越中の佐々成政の攻撃に備えるために家臣村井長頼に築城させた者という「加賀志微」などによれば築城の途中、同じ朝日山に砦を築こうとした佐々軍に攻撃され一時は占拠される危機にもあっている。また、一説には佐々軍が築城し、これを村井軍が占拠して補修を加えたものともいわれ、築城の事情は定かではない。




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