但馬竹田城
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 城郭の概要
所在地:朝来市和田山町竹田
別 名 :虎臥城,虎伏城
築 城 :嘉吉年間(1441〜43)
初城主:太田垣、または山名持豊
区 分 :山城
遺 構 :石垣,堅堀
城 域 :400m×100m
     標高 352m
     比高 約250m


 現地への案内
交通機関は車を利用

 詳細位置はコチラ
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 駐車場
専用駐車場を利用
【訪 城】2000年9月
【撮 影】2000年9月

評価項目 見所評価
選地 ★★★
縄張り ★★★
普請 ★★★
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

二の丸から見る本丸天守台
二の丸からみる本丸天守台

 現地の状況
 竹田城は但馬街道と山陰道が交わる和田山の地に築かれ、但馬街道の南には姫路、山陰道を西にとれば豊岡,鳥取、また東にとれば福知山という交通の要衝の地にあって、標高352mの虎臥山(別名古城山)山頂付近に築かれた総石垣づくりの城です。

 虎臥山の中腹まで車で上がることができ、山上の城域までは5分ほどで着きます。
 城域一帯は非常に状態良く整備されて山上にはほとんど木々などもなく、いわば戦国期の山城の姿が再現されているといっても過言ではありません。
 また、どの曲輪からも展望が開けており、城全体が空に浮いているような錯覚すら覚え、竹田城が「天空の城」と呼ばれているのも頷けます。

 特筆すべき点は、山の形が無くなるまで山頂付近一帯を平坦に削り込み、近世城郭ともいえる総石垣の城を標高350m近い山に築いている点です。

 こうした山上に築城するにあたっては、相当な労力が投入されたであろうことが容易に想像できますが、言い伝えによれば石垣を積み上げるまでに13年とも15年かかったともいわれ、当時、長期間にわたって百姓が普請にかり出され、“荒れ果てた田んぼには木が生えた” という笑えない話も残っているそうです。

 竹田城の縄張りは、最高所の天守台をほぼ中央に置き、三方にのびる尾根上の北に二の丸,三の丸、および北千畳曲輪、南尾根に南二の丸、南千畳曲輪、西尾根には花屋敷と称する曲輪を配し、梯郭式の曲輪配置をとっており、その形状が虎が臥せている姿にも見えることから別名「虎臥城」とも呼ばれています。
 改めて縄張り図を見てみると、南千畳を虎の頭に見立てると、花屋敷が前足、北千畳が後足と見えなくもありません。

 いずれにしても山城の比高差を巧みに利用して、総石垣づくりの曲輪を構築している点は他の山城では類を見ないもので、他の山城とは一線を画する城であることは間違いありません。
 なお、初秋(10〜11月)の冷え込んだ早朝には、竹田城の東を流れる円山川から発生した濃霧によって雲海の上に浮かび上がる竹田城を見ることが出来ます。

朝日に染まる南千畳と雲海
朝日に染まる南千畳と雲海

 城郭の歴史
 竹田城は嘉吉年間(1441〜43)に、守護大名の山名持豊(宗全)が家臣の太田垣に築かせた城である。

 山名氏は清和源氏の名門・新田氏の一族とされ、南北朝には足利尊氏に従い戦功を上げて山陰地方に勢力を張り、赤松氏、京極氏、および一色氏と並んで四職家の一つにまで数えられるに至り、一時は一族で全国66ヶ国中11ヶ国を治めるまでになったが、明徳2年(1391年)の明徳の乱を境にして衰退の一途を辿った。

 嘉吉元年(1441年)将軍足利義教が赤松満祐によって暗殺(嘉吉の乱)されると、同年、赤松氏討伐の総大将として大功を挙げ、備後・安芸・石見・備前・美作・播磨などの守護職を与えられ、再び山名氏を興隆させた。
 この頃、山名持豊が太田垣に築かせたのが但馬竹田城である。

 竹田城の太田垣は、応仁・文明の乱では東軍の丹波国細川氏による攻撃を受けるも、これを撃退するが、天正5年(1577)羽柴秀吉の但馬攻略時に落城。
 天正8年(1580)別所長治の播磨三木城、および山名祐豊の有子山城が羽柴秀吉に落とされるに至り、太田垣を後方支援していた毛利氏も播磨・但馬から撤退を余儀なくされ太田垣による但馬の支配力も衰退した。

 天正13年(1585)に播州・龍野赤松広秀が城主となるが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに西軍として参戦した赤松広秀は鳥取の真教寺で自刃し、竹田城は廃城となった。
 
 なお、最近の調査では、竹田城が現在のような壮大な石積みの城郭になったのは廃城時の慶長5年(1600)にごく近い時代と考えられている。

朝日に染まる二の丸と雲海
朝日に染まる二の丸と雲海

竹田城の縄張り図
竹田城の縄張り図
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本丸より南二の丸と南千畳
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大手虎口
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