尼崎城
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 城郭の概要
所在地:兵庫県尼崎市北城内
別 名 :大物城,琴浦城
築 城 :永正16年(1519)
初城主:細川高国
区 分 :平城
遺 構 :天守閣棟瓦
城 域 :300m×300m


 現地への案内
交通機関は車を利用
阪神尼崎駅から徒歩5分
 尼崎城址碑位置はコチラ
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 駐車場
駐車場はなし
【訪 城】2003年10月,2008年1月
【撮 影】2008年1月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

尼崎城の城址碑
尼崎城の城址碑

 現地の状況
 阪神尼崎駅から南に約500m、尼崎市立中央図書館横の尼崎城址公園に土壁と石垣が復興されている。言い換えれば全くの偽物ですが、お城の雰囲気を醸し出す役目は果たしています。
 この尼崎城址公園から南100mほどの所にある桜井神社には戸田氏時代の天守閣に使用されていた九曜紋入りの棟瓦が残されています。

 また、更に200mほど西の明城小学校の南側には尼崎城址の石碑があります。この辺りは尼崎城の二の丸だとされ、本丸は隣接する成良中学付近だったとされています。

 なお、尼崎城址碑は尼崎城の堀にかかっていた橋の橋脚が使われているとか・・・・・。

尼崎城址公園の石垣と土塀
尼崎城址公園の石垣と土塀

 城郭の歴史
 尼崎城は山陽道(現国道2号線)の南に位置し、室町時代末期の永正16年(1519)に細川高国が初めてこの地に城を築いたのを創築とする。
尼崎の地は古代以来、水陸交通の要衝で、中世には尼崎城や大物城が築かれている。

 一時期、尼崎惣中による自由都市が形成されたが、織田信長によって焼き討ちされている。その後、有岡城主荒木村重によって有岡城(伊丹城)の支城が置かれた。
 元和3年(1617)近江膳所城より戸田氏鉄が5万石で入封した後で、数年かけて現在の庄下川を西の外堀として利用した三重の堀を備え、高さ約18mの四層の天守閣と11の櫓を構えた近世城郭が築かれたとされている。

 寛永12年(1635)戸田氏鉄は美濃大垣城に移封され、その後、青山幸成が遠江掛川城から入封。正徳元年(1711)遠江掛川城から松平忠喬が4万石で入封し、以後松平氏が7代続き明治維新を迎えた。

桜井神社にある尼崎城天守閣の棟瓦
桜井神社にある尼崎城天守閣の棟瓦



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