播磨 明石城
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 城郭の概要
所在地:明石市明石公園
別 名 :喜春城,錦江城
築 城 :元和5年(1619)
初城主:小笠原忠真
区 分 :平山城
遺 構 :土塁,石垣,堀,三重櫓
城 域 : −


 現地への案内
交通機関は車を利用
JR明石駅から徒歩5分
 詳細位置はコチラ
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 駐車場

【訪 城】2003年12月,2008年8月
【撮 影】2008年8月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

明石公園から見る明石城
明石公園から見る明石城

 現地の状況
 JR明石駅に降り立つと、北側に白亜総塗込めの三層三階の隅櫓が2基、目に飛び込んでくる。東が巽櫓(たつみやぐら)、西の櫓が坤櫓(ひつじさるやぐら)で、いずれも当時のもので重要文化財に指定されている。

 明石城は赤松山の台地の西端に築かれ、本丸を中心に、東に二の丸、および三の丸を、西には西の丸を配した連郭式の縄張りがなされている。

 中堀を経て明石公園に入る、公園はかっての屋敷跡である。本丸の背後(北側)には桜堀、薬研堀が残る。広大な剛ノ池もかっては堀の一部として利用されていた。
 坤櫓の後方には天守台が築かれているが、徳川幕府への配慮から天守が建てられることはなかった。

 かっての居屋敷曲輪にあった切手門が城下の月照寺に残る。この門は、薬医門形式で、伏見城からの移築であるとされる。
巽櫓
明石城の巽櫓

 城郭の歴史
 元和5年(1619)信州・松本城にあった小笠原忠真は、10万石を与えられ明石に転封となり、姫路城主・本多忠政の協力を得て築城したのが明石城である。
 完成を見た明石城は、三層の櫓を4基並べた姿であったとされるが、徳川幕府への配慮から天守が建てられることはなかった。

 寛永9年(1632)小笠原忠真は豊前・小倉に転封され、その後は約50年の間に、戸田氏,大久保氏,松平氏,本多氏と城主はめまぐるしく城主が替わった。

 天和2年(1682年)本多政利に替わって越前家の松平直明が6万石で入城した後は、明治維新まで親藩の松平氏の居城となった。

坤櫓
坤(ひつじさる)櫓


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巽櫓
巽櫓


二の丸への石段と石垣
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桜堀と本丸石垣
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二の丸の石垣
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