尾崎城
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【城郭の概要】
所在地:大野郡丹生川村町方
別 名 :金鶏城
築 城 :永禄、天正初期
初城主:塩谷筑前守秋貞
区 分 :山城
遺 構 :土塁,堀切,横堀,竪堀
城 域 : −
     標高 722m
     比高 40m

尾崎城の曲輪
公園化された尾崎城

【現地への案内】
 国道158号線丹生川村、丹生川中学校の背後の山

詳細位置はコチラ 

【駐車場尾崎公園駐車場
【訪 城】2005年6月
【撮 影】2005年6月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 丹生川中学校門前から500〜600m北に行くと、尾崎城址公園まで車で上れる道があり、城中まで車で登れる。
 この尾崎城は期待して訪れたのだが、城域のほとんどは公園として整備されており(整備というと聞こえはよいが、城郭遺構を破壊して公園としてる)、私の期待は裏切られてしまった。
横堀の一部

 公園化された曲輪の周囲の斜面には遺構が残されているとはいうものの、公園にするのにここまでやる必要があるのだろうか。
 主曲輪の東側、公園の入り口に畝状の竪堀、見事な堀があるが、公園への道路を造るために半分潰してしまっている。堀切の手前で駐車場スペースを設け、徒歩で公園内に入るなど、遺構を活かした公園造りをしてほしかった。
 また、周囲の竪堀には、公園整備のために切られた雑木が投げ込まれており、管理者(丹生川村役場か?)の意識の低さを腹立たしく思った。
 それに加えて、公園内の道がアスファルトというのは最悪である。この尾崎城を訪れて、滋賀県彦根市の山崎山城を思い出してしまった。
公園入口の堀切
堀切

【城郭の歴史】
  飛州志には塩谷筑前守秋貞の居城とされている。秋貞は永禄7年(1564)武田の家臣山県三郎兵衛昌景に攻められて落城したが、一時蛤城に逃れて新たに宮川村に塩谷城を築き、越中に進出して上杉謙信に属し、その先鋒として飛騨に攻め込み謙信の目代として活躍。謙信が卒するや、天正10年(1583)越中の土豪に攻められて飛騨に帰る途中討ち死にしたという。尾崎城もこの頃、廃城になったと考えられている。
 二の丸には、おびただしい軍用金と金の鶏が埋められているという、「金鶏伝説」があり、元旦にこの金鶏が東天紅と鳴き、その声を聞いた者は最大の幸福が得られると云われている。

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