美濃 小倉山城
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 城郭の概要
所在地:美濃市小倉山
別 名 :小倉居館
築 城 :慶長10年(1605)
初城主:金森長近
区 分 :山城
遺 構 :大手門跡,石垣
城 域 :144m×72m
   標高 160m
     比高 60m
 現地への案内
交通機関
国道156号線美濃市内

 詳細位置はコチラmapfan

 駐車場
専用駐車場に20台程度

【訪 城】
2003年5月
【撮 影】2003年5月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

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大手道石垣
大手道石垣

 現地の状況
 小倉山城は長良川の左岸、比高約60mの小倉山(標高160m)の山頂付近に築かれ、現在では城址一帯は小倉公園として整備されている。

 小倉山麓の駐車場横の大手門石垣上には模擬の櫓が、また山頂には三層三階の天守閣を模した展望台が建てられており、遠くから見ると犬山城を連想させる。

 この展望台からの眺望は素晴らしく、眼下には長良川が流れ、西には長良川をはさんで鉈尾山城のある鉈尾山が手に取るように見える。

眼下を流れる長良川
眼下を流れる長良川

 城郭の歴史
 関ヶ原の戦い後、東軍に属した飛騨高山城主・金森長近は戦功により、河内国金田と美濃国上有知(こうずち)、関に2万3千石を加封された。

 長近は高山城を養子可重(ありしげ)に譲り、この地に居館を構えたのは慶長10年(1605)頃と推定されている。長近の隠居城として築城されたこともあって、別名「小倉居館」ともいわれる。

 慶長12年(1607)長近が没し、可重が家督を相続すると長近の実子・五郎八長光に上有知等2万石が分知され上有知藩が成立した。
慶長16年10月に長光が6歳で没し、無嗣除封にともなって小倉城は廃城となった。
 元和元年(1615年)上有知は尾張藩の所領となり、城跡に代官所が置かれた。


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