美濃 苗木城
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【城郭の概要】
所在地:岐阜県中津川市苗木
別 名 :赤壁城,高森城
築 城 :天文初年(1532)
初城主:遠山直廉
区 分 :山城
遺 構 :石垣
城 域 :130m×315m
     標高 426m
     比高 126m
県指定史跡

大矢倉の石垣
大矢倉の石垣

【現地への案内】
 国道257号線から苗木遠山資料館へ
詳細位置はコチラ 


【駐車場専用駐車
【訪 城】2000年8月,2008年5月
【撮 影】2008年5月



評価項目 評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆

 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 苗木城は中津川市街の北方、木曽川の恵那峡入口の断崖上にあり、地山の巨石を巧みに石垣に取り込んで、累々たる石垣が築かれている。
 大きさの不揃いな野面積みの石垣と、切り込みハギ、そして巨石が絶妙のコントラストを演出している。

 極め付きは天守台からの眺望である。木曽川を眼下におさめる景色は素晴らしいの一語に尽きる。
本丸石垣
本丸石垣

【城郭の歴史】
 恵那郡福岡町の広恵寺城に拠っていた一雲入道が高森山頂に苗木城を築いて移り、左近佐直廉を称したのが始まりとされている。

 元亀元年(1570)直廉が没すると、信長は飯羽間城主・右衛門佐友勝の子、久兵衛尉友忠に苗木城を継がせた。
 元亀3年(1573)11月武田信玄は伊那高遠城城主秋山晴近(信友)を将として美濃に侵入させた。
遠山方の諸将は上村(上矢作町)で戦って敗れ、飯羽間城岩村城などは落城したが、苗木城は信長方の城として最後まで機能した。

 天正11年(1583)遠山友忠は秀吉方の兼山城城主の森長可と戦い、苗木城を出奔し、苗木城は長可の手に落ちた。
 その後、関ヶ原の合戦に際し、友忠、友政父子は家康の命により西軍に属する直次の守る苗木城を奪取し、戦後友政は恵那、加茂両郡の内で1万500石を領知し、子孫相承し明治に至った。


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