増島城
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【城郭の概要】
所在地:吉城郡古川町大字殿町字二の丸
別 名 : −
築 城 :天正15年(1587)
初城主:金森長近
区 分 :平城
遺 構 :石垣,堀,城門(林昌寺,円光寺)
城 域 : −

県指定史跡

増島城の石垣と堀
増島城の石垣と堀

【現地への案内】
国道41号線から増島町古川小学校
詳細位置はコチラ 

【駐車場小学校の空地を利用
【訪 城】2003年6月
【撮 影】2003年6月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 古川小学校の東、増島天満神社が増島城の本丸にあたる。本丸は周囲に石垣を積み、東側と北側には水堀がの残っている。
林昌寺の山門
山門

古川町の林昌寺と、円光寺の山門に増島城の城門が移築されて残っている。また、林昌寺には金森氏の供養塔が建てられている。

【城郭の歴史】
 天正13年(1585)羽柴秀吉の命により飛騨一国を平定し、高山藩主となった金森長近は養子可重に南吉城一万石を与え、増島城を築き、城下町の経営にあたらせた。
後、可重は二代目高山藩主となって高山城に移った。元和元年(1615)の一国一城令で増島城の城名を捨てて、古川旅館と改称し、家臣を留守居とした。
 元禄5年(1692)金森氏が出羽国に国替えされ、同8年加賀藩が幕命を受けて城塁を破却した。現在、本丸の石壁や堀の一部が残されている。
古川町教育委員会  現地案内板より

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