加納城
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【城郭の概要】
所在地:岐阜市西加納町
別 名 : −
築 城 :文安2年(1445),慶長6年(1601)
初城主:斉藤利長
区 分 :平城
遺 構 :石垣,土塁
城 域 : −
県指定史跡

本丸石垣
本丸石垣

【現地への案内】
 JR岐阜駅南口から南へ1km、加納公園
【駐車場路上駐車
【訪 城】2000年9月
【撮 影】2000年9月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 加納城は岐阜市街地にあって、現在では曲輪は本丸以外は残されていない。広大な敷地の本丸跡には、周囲を取り囲む土塁と石垣が見事に残っている。
しかしながら、石岐阜市内の中にあってよくぞここまで残っていたと、尽力された皆さんに感謝すべきか。

【城郭の歴史】
 徳川家康は慶長6年(1601)3月6日娘婿の奥平信昌を加納城主として10万石を与え、また亀姫の粧田として2千石を給した。
築城は岐阜城落城の翌年で、岐阜城の館邸を加納に移して修築した。本丸、二の丸、三の丸、厩曲輪、南曲輪(大藪曲輪)等を備え、関ヶ原の戦い後本格的な城郭であった。
 加納城歴代城主は奥平氏の後、大久保氏、戸田氏、安藤氏と変遷し最後の永井氏の時代に明治維新を迎えた。明治2年加納城第16代城主、永井肥前守尚服が版籍を奉還し、加納城は同年7月14日に廃藩に至った。 加納城跡は、この本丸のほか、二の丸隅櫓の石垣をわずかに残している。
岐阜県教育委員会

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