十七条城
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【城郭の概要】
所在地:本巣郡巣南町十七条
別 名 :舟木城
築 城 :南北朝時代
初城主:舟木頼胤
区 分 :平城
遺 構 :堀
城 域 : −
     標高 12m


十七城の遠望
十七条城を遠望

【現地への案内】
国道21号線下牛牧の信号を北へ、県道171号線十七条地区、桜コンクリートが目印
詳細はコチラ 

【駐車場路上駐車
【訪 城】2003年7月
【撮 影】2003年7月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★☆☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★☆☆
お勧め度 ★☆☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 熊野神社に十七条城の案内板が建てられているが、熊野神社の南約300m、現地で城山と称される丘が主曲輪である。現在では宅地となっている、周囲には堀跡らしき水路がある。
昔は熊の神社横に外堀があったと云われ、熊の神社辺りまでも城域とする大きな城であったようだ。北側には犀川を挟んで旧中山道が通る。

【城郭の歴史】
 
この十七条城は南北朝時代の初め舟木頼胤が築いた城です。城主は数代かわり享禄年間(1530年後頃)より林氏の居城となりました。林家は徳川家康に仕えて、2万石を所領していました。お福(後の春日の局)の夫となる、林正成は元亀2年(1571)にこの十七条城で生まれました。
成人すると、大垣曽根城主・稲葉重道(一鉄の子)の養子となり、稲葉重成と改姓し、お福と結婚しました。(文禄4年(1595))お福と正成との間の次男正定は、尾張徳川家に仕え、旧領十七条1.006石を領しました。
正定の孫の代で跡継ぎがないため家は断絶し、その領地は尾張藩に組み入れられ十七条城は廃城となりました。
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