広瀬城
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【城郭の概要】
所在地:岐阜県吉城郡国府町名張
別 名 :田中城
築 城 : −
初城主:広瀬左近将監利治
区 分 :山城
遺 構 :堀切,竪堀
城 域 :300m×200m

県指定史跡

堀切
尾根上の堀切

【現地への案内】
国道41号線名張の信号を南入る、約1km
詳細位置はコチラ 


【駐車場空地を利用
【訪 城】2000年8月,2003年6月
【撮 影】2003年6月


評価項目 見所評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★★
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★★
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
【現地の状況】
 飛騨において高山城は近世城郭、松倉城は中世城郭から近世城郭への移行途中の城、そしてこの広瀬城は中世城郭の代表的な城と云える。城域も広く、遺構もしっかりと残っており、特に物見台周囲、馬場曲輪北斜面に幾筋も掘られた堀群は見応えがある。

【2003年7月追記】
 この広瀬城は、私が城廻りをするようになって初めて畝状竪堀というものを見た城で、非常に印象深い城ですが、2000年8月に訪城したときは時間がなく、十分に見て回ることが出来なかったため、再度訪城してきました。
前回は初めて見る畝状阻障というか、放射状畝堀に目を奪われていたのですが、改めてゆっくり廻ってみて、この城のすごさを実感した次第で、改めて紹介します。

 瓜巣名張峠の林道終点の 水道タンク横に車を置き、約5分ほど登ると尾根に出る。尾根には6条の堀切が配され、6条目の巨大な堀切を挟んで、切り立った切岸と畝状竪堀が見える。切岸の斜度は50度、この堀切と切岸だけでも圧巻である。
 この広瀬城は東西の尾根上の連郭式に曲輪を配した中世山城で、西から物見台,三の曲輪,馬場曲輪,主曲輪,二の曲輪と、大きくは五つの曲輪からなっており、その他谷筋には幾つもの小曲輪を階段状に配し、全山が要塞化されている。

 見所のひとつは、物見台周囲に掘られた横堀と横堀と直交する形で放射状に掘られた17条の竪堀である。
この放射状竪堀は篠脇城(八幡町)や二日町城(白鳥町)の「臼の目堀」と同じ構造をしており、年代および築城者を考察する上で、非常に興味深い。
また、全ての谷筋には高低差があり、切り立った切岸を階段状に配して、敵の侵入を防ぐために徹底した防御を施している点や、主曲輪〜二の曲輪間、あるいは東,西の城域端の堀切は深さ、長さ、切岸の角度とも「凄い」の一語に尽きる。
こうして、幾つもの見所のある中、馬場曲輪北斜面には半円形の横堀を二重に巡らし、竪堀と直交する形で横堀と竪堀が縦横に巡らされており、こうした複雑な景観は丸子城(静岡市)の南城を思い起こさ、城中最大の見所である。


物見台北側斜面の畝状竪堀群

 尚、登り口は水道タンク横から以外に、林道途中の岐阜県文化財保護センター飛騨出張所前の道から主曲輪下に出れる。

【城郭の歴史】
 広瀬左近将監利治が高堂城を築いて居城としたが、高堂城はあまりの要害地形のために不便さを感じ、この広瀬城を築いて居館としたと云われている。
城内には家臣で、この城の守將とされる田中筑前守の墓がある。

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