若狭 小浜城
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 城郭の概要
所在地:小浜市城内
別 名 :雲浜城
築 城 :慶長6年(1601)
初城主:京極高次
区 分 :海城
遺 構 :天守台,本丸
城 域 :550m×570m

県指定史跡


 現地への案内
交通機関は車を利用
 専用駐車場を利用
 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
 路上駐車
【訪 城】2002年7月,2007年5月
【撮 影】2002年7月,2007年5月

評価項目 見所評価
選地 ★★
縄張り ☆☆
普請 ★★
体力消耗度 ☆☆
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

天守台石垣
天守台石垣

 現地の状況
 小浜城は小浜市内を流れる北川と南川によって小浜湾の河口付近にできた三角州地形の土地に築城された海城である。

 現在では住宅地の中に本丸部分が残るのみで、本丸跡には小浜藩祖の酒井忠勝を祀った小浜神社が建てられている。
 小浜神社の本殿後方天守台、および周囲の石垣が遺構であるが、石垣の大部分は新たな石で積み直しされている。当時の石垣が残っているのは北側の石垣だけではないだろうか。

本丸石垣
本丸石垣

 城郭の歴史
 慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで、大津城の京極高次は3千の兵で、西軍の毛利元康を大将とする西軍1万5千に対して籠城戦を挑み抗戦するが、大津城の南にある長等山から城内に大砲を打ち込まれて関ヶ原の戦いの前日に降伏開城。

 大津城での京極高次軍の善戦より、西軍4万7千の軍が関ヶ原に到着するまでに天下分け目の戦いは東軍の勝利となる。
 
 高次は降伏したことを恥じて高野山に入るが、大津城に西軍を引き付けた功績が認められ、若狭・小浜8万5千石を領し、慶長6年(1601)に雲浜の海浜地に小浜城の築城を開始した。

 寛永11年(1634)京極氏に替わって酒井忠勝が入部した時には、石垣を中心とした惣構と若干の館舎が建てられているに過ぎなかった。
 忠勝は翌12年から石垣の修築と天守閣の建設に取りかかり、寛永13年には天守の完成をみた。
 以後、酒井家14代の居城として明治まで続き、明治4年(1871)の廃藩置県に際して城内に小浜県庁が設置された。

 



観 光
常高寺
小浜市小浜浅間1

 江戸時代初期の小浜藩主京極高次の妻、常高院(お初の方、信長の妹お市の方の次女)の発願によって建立された寺。
墓地には常高院の墓がある。
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岡津製塩遺跡
 若狭地方には土器製塩遺跡が約60ヶ所確認されているが、岡津遺跡はそれらの中でも極めて保存の良好なものとして、国の史跡に指定されている。
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