小丸城
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 城郭の概要
所在地:越前市五分市町
別 名 : −
築 城 :天正3年(1575)
初城主:佐々成政
区 分 :平城
遺 構 :石垣,堀,土塁
城 域 :本丸 50m四方
     県指定史跡


 現地への案内
交通機関は車を利用
 空地を利用
 詳細位置はコチラ mapfan
 駐車場
 路上駐車
【訪 城】2005年10月,2007年5月
【撮 影】2005年10月,2007年5月

評価項目 見所評価
選地
縄張り ☆☆
普請 ★★
体力消耗度 ☆☆
お勧め度 ★★
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り


小丸城の本丸

 現地の状況
府中(旧武生)は敦賀街道(現国道8号線)と北国街道(現国道365号線)が合流し、また東に行くと美濃街道に通じる要衝の地である。
こうした要衝の地にあって、小丸城は西に文室川、東に鞍谷川が流れる扇状地の比高20m足らずの小山に築城されている。

 築城当時、小丸城の城域は東西300m、南北350mとされるが、現在では市街化のため本丸と石垣の一部、および本丸周囲の堀と土塁しか残されていない。
 本丸北から東にかけて残っている堀の幅は広いところで約10m、深さは1〜2mで、空堀としては浅すぎて機能しない。空堀ならば、人が飛び越せない程度の幅で、できるだけ深いものが効果的である。
推測するに、当時は鞍谷川の水を引き入れた水堀ではなかったか。

 本丸西側の林には高さ3mほどの土塁が残るが、この土塁も1年半前に訪れた時よりも取り壊しが進んでいた。いずれ無くなるかもしれない。

本丸北側の堀

 城郭の歴史

 天正3年(1575)越前の一向一揆を討伐した織田信長は、越前に柴田勝家を配した。また府中(旧武生市)上2郡には柴田勝家の補佐役として府中三人衆(前田利家,不破光治,佐々成政)をおいた。

 勝家が北庄城を築城すると、前田利家は府中城、不破光治は龍門寺城に入り、佐々成政は小丸城を築いた。
 小丸城は天正7年(1579)佐々成政がに越中・砥山城に転封となり廃城となった。





観光
龍泉寺
越前市深草1−10−3
 応安元年(1368)通幻寂霊(つうげんじゃくれい)が開いた曹洞宗寺院。
 江戸期の府中領主・本多家の菩提寺で、本多家歴代の墓がある。また、徳川家康・秀忠・結城秀康像などの文化財もある。

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高善寺
越前市粟田部11−35
 剣豪佐々木小次郎の生誕の地。隣接する小次郎公園には佐々木小次郎の像がある。
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