尾張 鷲津砦
HOME愛知県の城郭
【城郭の概要】
所在地:名古屋市緑区大高町鷲津
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :平山城
遺 構 :横堀,土塁
城 域 :100m×30m
      標高 440m
      比高 60m

鷲津砦公園内の空堀
鷲津砦公園内の横堀

【現地への案内】
JR東海道線、大高駅の東約100m
細位置はコチラ 


【駐車場鷲津砦公園西側の空地を利用
【訪 城】2007年10月
【撮 影】2007年10月


評価項目 評価(三段階評価)
選地 ★★☆
縄張り ★★☆
普請 ★★☆
体力消耗度 ★★☆
お勧め度 ★★☆
 が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)

【現地の状況】
 鷲津砦はJR東海道線の大高駅の東に隣接する鷲津砦公園、あるいは長寿寺一帯であるとされる。
 この辺りは比高差20〜30mの丘陵地・大高緑地の北西端に位置し、鷲津砦公園の北、および西側からは比高差20mほどの丘状地形である。
 鷲津砦公園内には曲輪らしき削平地と土塁、あるいは空堀が残されている。

 鷲津砦の北500mに今川方の鳴海砦、南西500mには同じく今川方の大高城があり、南500mには織田方の丸根砦、北東1kmに中島砦など、いずれも白天川の東にあり、永禄3年の桶狭間の戦いの前哨戦は白天川の東岸を死守しようとする織田氏と、白天川東岸まで進出しようとする今川氏の戦いで、極めて局地戦であったことが窺い知れる。

曲輪と土塁
曲輪と土塁

【城郭の歴史】
 鷲津砦は永禄2年(1559)織田信長が今川義元の尾張侵入に対するために築いた砦である。
永禄3年の桶狭間の戦いの緒戦で、鷲津砦は今川勢の先鋒朝比奈泰能らに攻められ、守将織田信平、飯尾定宗ら大半が討死にし落ちた。

 今川軍が桶狭間の戦いで敗れた敗因のひとつが、この鷲津砦の勝利に心がおごり、油断が生じたためであるともいわれている。
HOME愛知県の城郭

近江の城郭